宮崎大学医学部 生殖発達医学講座小児科学分野 教授 布井 博幸
宮崎県に人が住み始めたのは中期旧石器時代後期の約2万年前で、古事記編纂1300年を迎えますが、そこには天照大神の孫、邇邇藝命(ににぎのみこと)が降り立った国だとする宮崎の天孫降臨神話が記されています。宮崎は温暖な気候、肥沃な土地に恵まれ、過ごしやすく子供を育てるのに適しています。おおらかな県民性もあってか出生率が全国5位以内を常に維持し、小児人口も全国平均15%に対し、宮崎県は18%です。新生児死亡率も低く、毎年全国トップ5位以内を維持しているので、安心して子供を産み、育てられる環境です。
小児科では最近、CDR(チャイルドデスレビュー)という、子供の死因を検証しようという活動があります。欧米からCDR活動が始まり、アメリカでは死亡した小児の約半数が虐待死だという報告があり、大いに社会からの注目を浴びました。宮崎県内の小児の年間死亡者数は約20~30人で、ほとんどの死因を解明できるだろうと思っています。昔に比べると感染症で亡くなる子供が大幅に減り、現在では遺伝性疾患や交通事故で亡くなる子供がその多くを占めています。宮崎大学では交通事故への対策が遅れていましたが、ドクターヘリの配備により徐々に改善されつつあります。
余談ですが、私は鳥インフルエンザの調査研究のため、ベトナムのハノイ国立小児病院を毎年3回訪問しています。感染対策が盛んに行われており、発生件数はここ5年でかなり減少しているところです。また、ベトナムの新生児死亡率は人口1千人に対し16~17人で、1964年の東京オリンピック開催当時の日本と同水準です。実際、1つのベッドに子供2~3人を寝かせていたり、母親が子供と同じベッドで寝て食事を取っているなど病院機能(院内感染対策、ベッドコントロール)は当時の日本の水準に達していません。医師は勤勉で、とても優秀ですので、経済の発展と同時に改善されて行くことを期待しています。
私は新生児死亡率が出生1千人に対して10人を超える段階は「感染症の時代」だと位置付けています。終戦後から昭和50年台の後半がそうで、日本では新しい抗生物質を開発することで感染症対策をしてきました。一方、新生児死亡率が10人を割る時代を「施設充実の時代」だと位置付け、新生児は周産母子センターで集約的治療を、施設も集約化してより効率のよい治療体制を構築して来た結果、平成7年には新生児死亡率5人を割り、昔は手がつかなかった「遺伝子異常や奇形症候群などを持たれる患者さんに対応すべき時代」に突入したと考えております。
我々の教室ではまだ解明できていない小児感染免疫、血液疾患、腎臓、神経、循環器などいろいろな分野間での遺伝子解析を行なっています。米国ではBrain Initiativeという大型の脳研究プロジェクトが立ち上がり、近い将来、脳機能についての解析が大いに進み、子供たちの発達障害の解明などにも対応できる時代が到来するのではないかと期待しています。脳機能の解析もそうですが、基礎的な遺伝子のデータベースを基に研究する人が増え、子供たちの発達をより詳細に語れる時代になるので、小児科学はますます魅力ある学問になると考えられます。それらを担う人材を今後育成していきたいと思っています。
子供たちに負担をかけないケアを行なうのが小児科医の原則です。小児科医が目指すべき道は、子供らの豊かな将来をいかに手助けできるかだと思っています。病気を持った子供たちに入院のストレスを少しでも減らせるよう、心理士さん、病棟保育士さんの整備にも取り組み、退院してもすぐ元の環境に戻れるよう、明るい病棟環境を作っていきたいと思っています。
ボランティアの方々がクリスマス会や遠足などレクリエーションを定期的に行なっていて、他の病院と比較しても活発に活動していると思います。ボランティアは随時募集しているので、ぜひ多くの人に参加してもらいたいと思っています。
医学部の卒業生のうち、約1割が小児科を選択しているのが現状ですが、最初に接する医師は小児科医で、その時にあこがれて小児科医を目指す人が多いと聞いています。しかし新臨床研修制度で小児科の過酷な現場を見て他の科を選択する人もいます。それでも最初の志を忘れずに小児科に1人でも多く来てほしいと願っています。かわいい子供たちが待っています。
布井教授の推薦図書
前野隆司著―脳はなぜ「心」をつくったのか―
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の著者が、意識とは何か、意識はなぜあるのか、死んだら「心」はどうなるのか、動物は心を持つのか、ロボットの心を作ることはできるのかについて記した一冊。
布井教授は著者の言うニューラルネットワーク(脳機能に見られるいくつかの特性を計算機上のシミュレーションによって表現することを目指した数学モデル)の考え方から、人間の脳が科学的に解明されて子供たちの発達を促すことにつながるのではないかと期待している。