専門クリニックらしい深みと細やかさで
個別化が進む乳がん治療
高齢化で増える「がん」の中でも、乳がんは、特にその増加が著しくなっています。私が乳腺の診療を始めた15年ほど前は、一生のうちで乳がんにかかる日本人女性は24人に1人と言われていました。今は、12人に1人。およそ倍です。
乳がんの多くは予後がよく、7割が女性ホルモンと関わりがあるおとなしいタイプです。早く見つかれば、5年生存率は90%以上。ただ、息が長く、晩期再発があります。
患者数が多いため薬も多数開発され、「個別化治療」が進んでいるのが、大きな特徴と言えるでしょう。がんの性格や患者さんの希望に合わせて、非常に細やかな治療計画を立てます。
最近、30代の乳がんの患者さんがものすごく増えているという印象が、世間にはあるかもしれません。たしかに、乳がんの患者数自体が増えていますから、数は多くなっています。でも、年齢別割合では30代が占める割合は5〜6%です。
北斗晶さん、小林麻央さんと、乳がんを明らかにする方が続きました。そのようなニュースがあると、その直後から、クリニックにどんどん予約の電話がきます。皆さん不安にもなるのでしょうが、背中を押してもらっている気がするのではないでしょうか。
芸能人の方の中には、本意ではないのに自分の病気が明らかになってしまう方も多いでしょう。でも、そのことがきっかけで、多くの人が受診、発見に至っています。相当多くの方を助けて頂いていると思いますね。ありがたいことです。
開院から2年高い確率で乳がん発見
クリニックの役目は、患者さんが訴える症状についてきちんと調べ、少しでも不安を和らげること。そして、がんの方は見逃さず、きちんと診断して治療に結び付けること。それらができて初めて、存在価値があると思います。
2014年7月の開院から2年。これまで外来8700人を診察し、133人(6月末日現在)から乳がんが見つかりました。発見率は1.5%。専門クリニックだからでしょう。一般の乳がん検診での発見率0.1%〜0.3%に比べ、かなり高くなっています。
一部の希望した方は、私が入院設備が整った他院で手術。それ以外のほとんどの方を専門医がいる病院に紹介しました。
手術や術後すぐの抗がん剤治療、放射線治療は紹介先の病院で受けていただき、その後、長期に渡るホルモン治療など服薬で受けられる治療の期間は、当院にお越しいただくこともあります。
当院を受診する方の8割は「乳房痛」を訴えての来院です。年齢的なものや、ストレスによる女性ホルモンのバランスの乱れが原因になることが多く、特に閉経前の方は痛みやすいですね。一般的に乳房の自発痛は乳がんの症状ではありませんが、「がんかもしれない」と不安になることが多いようです。
マンモグラフィーや超音波で検査すると、多くの場合は乳腺症で治療は不要です。ただ、症状が強い方には、漢方薬を出してホルモンバランスを整え、他にもいくつか女性ホルモンが関係する症状が伴えば、婦人科を紹介します。でも、ほとんどの方は、がんではないと分かれば安心して、様子を見られるケースが多いですね。
病診連携でサポートも個別化へ
乳腺専門クリニックを開業して強く思うのは、「乳がんの診断屋さんではいけない」ということ。がんを見つけ、手術をする医療機関に送って「はい、おしまい」では、患者さんのことがトータルでわからないのです。
大きな病院には、手術や化学療法などといった大きな役割があります。当院は、乳腺専門クリニックだからこそできるケアを患者さんに施したい。治療が個別化している中、その後のケアも個別化されるのが、当然ではないでしょうか。
手術で失った乳房、術後治療による脱毛やリンパ浮腫など、乳がん治療に特徴的と言えるさまざまなボディーイメージの変化への対応を助言したり、再発した方の精神的なサポートをしたり。細やかな心遣いと丁寧なケアが、小さくて小回りの利く"クリニック"の役目だと思いますね。ですから紹介先の病院には、手術などが終わって患者さんの状態が落ち着いたら、当院で診たいとお願いしています。
さらに今、考えているのは、当院のスタッフが手術をする大きな病院に一定期間研修に行く「人的交流」です。患者さんが受ける手術や術後治療(化学療法や放射線治療など)を知ることで、診断から治療、社会復帰までの流れがわかり、当院に乳腺専門クリニックとしての深みが出るでしょう。同時に、スタッフのやりがいにもつながってくると思うのです。スタッフと一緒に作り上げる専門クリニックらしい"深みと細やかさ"は、必ずや乳がんと戦っておられる方々の力になれるものと信じています。