再生医療で運動器の健康維持に寄与する
広島東洋カープが25年ぶりにリーグ優勝した。市民球団として地域に愛される球団は、選手の健康管理に力を入れていることでも知られている。
チームドクター契約を結ぶ広島大学医学部の安達伸生教授(整形外科)は、広島に拠点を置くスポーツチームをバックアップするとともに、膝関節外科の権威として再生医療研究の最前線を走り続けている。
広島カープのリーグ制覇、おめでとうございます。広島市内は赤く染まっていますね。
ありがとうございます。優勝が決まった時はちょうど出張で神戸に滞在中でしたが、テレビで優勝の瞬間を見届けることができました。
広島大学整形外科は数年前からカープとチームドクター契約を結んでいます。広島で試合があるときは整形外科の医師が常駐し、試合中のけがはもちろん、試合前後のメディカルチェックも行います。外傷についても、すぐに大学病院へ搬送できる体制も敷いています。
カープ以外にも、広島はプロスポーツが盛んな土地柄ですね。
カープとサンフレッチェ広島のほかにも、バスケットボールの広島ドラゴンフライズや女子サッカーのアンジュヴィオレ広島など複数のプロチームが本拠地を置いています。私自身は中学から社会人までずっとサッカーを続けていました。サンフレッチェ広島ともチームドクター契約を結んでいます。
靭帯損傷や半月板、軟骨損傷などのけがなどについては大学で診療したり、トレーナーと綿密にコンタクトが取れるようなしくみを作っています。メディカルカンファレンスも毎月実施していますが、こういったメディカル面の充実したシステムはJリーグ発足当初からきちんと整備されていたことで有名ですね。
プロスポーツの現場での経験の蓄積を一般の患者さんに還元することができますか。
まさに、その視点が非常に大事なんです。医師としてはけがをしたプロスポーツ選手を早く復帰させてあげることが最大の使命ですが、復帰できても能力が落ちていては意味がないんですね。実力勝負の厳しい世界ですから、復帰と高いパフォーマンスの「両立」が要求されます。
治療する側としてはかなり難しい課題に向き合うことになりますが、プロアスリートの高い要求に応えて治療法やリハビリを改善できれば、一般の患者さんに成果を還元することができます。
ひとつのけがが、ある方の人生や仕事を左右するというのはアスリートに限らず、一般的な社会人でも同じでしょう。その方やご家族の生活、具体的にいえば収入にも関わってきますので、治療する側としてプレッシャーは常に感じていますね。
今年の1月に整形外科学教室の教授に就任されました。
総合大学の整形外科ですので、幅広い領域で国内のトップランナーがそろっているのが特長です。前任の越智光夫先生(現・広島大学長)もそうですが、私は膝を専門にしており、膝関節外科に関しては国内だけでなく世界レベルでも高い水準を維持しています。ほかの領域についても、たとえば股関節、脊椎など複数のグループがありますがそれぞれ高いレベルにあります。
研究に関してはとくに運動器の再生に力を入れており、軟骨や脊髄、筋肉、神経などの再生を研究対象にしています。日本の再生医療は、基礎研究は進んでいるのにそれを臨床に持ってくる段階で俗に「死の谷」と呼ばれている断絶がありました。近年はその問題も徐々に克服できるようになりました。越智学長が始められた自家培養軟骨移植術がその最たる成果ですが、3年前に保険適用されています。
高齢化、少子化など人口動態が変化するなかで、整形外科やリハビリの果たす役割が大きくなる。
日本整形外科学会ではロコモティブシンドロームという概念を提唱しています。骨粗しょう症や変形性膝関節症、あるいは筋肉量の減少など、運動器に障害があると要介護リスクが高くなりますので、健康寿命を延ばすためにも予防と啓発を進めていきたいと思います。
私は膝関節の外科医ですが、たとえば人工膝関節置換術では全国で年間8万件以上行われており、20年前の4倍まで増加しました。人工関節はADLが劇的に向上し素晴らしい治療法ですが、それでも目指したいところは人工物に頼らない治療です。そういう意味では、やはり再生医療が今後の研究の中心になります。
現在のメインテーマは主に軟骨の再生です。軟骨は解剖学的構造上非常に治りにくい部分です。通常、人間の身体が損傷すると酸素や栄養分が血管を通って運ばれて治癒するのですが、軟骨の層には神経や血管がないので循環から隔離されてしまい、いったん損傷すると最終的に変形性関節症になってしまうことがあります。
再生医療に関してはさまざまなアプローチがありますが、変形性関節症は関節全体の軟骨がすり減っているので、どうやって軟骨を再生させるのか戦略を立てるのが難しい。
患者さんの関心も高く、私たちの研究がテレビなどで紹介されたところ、99歳の方から「自分に適用できるか」と問い合わせの電話がかかってきたこともあります。実験としてでもいいから試してほしいという方もいらっしゃいますし、特に高齢者のニーズはかなり高いですね。
教室の運営という重責にどう応えていきますか。
次の世代を担う人材の育成が、私に託された大きな使命だと思います。次の教授、次世代の教室につなげていくのが大事ですが、まずは若い方に大いにチャンスを与えたい。
広島大学自体が国際化の大きな流れの中にあります。私自身もトラベリングフェロー制度でヨーロッパやアメリカに留学させていただき、国際的なチャンスをたくさんもらって外国人の友人も増えました。外から見ることで日本を再発見する経験も得難いものです。
これからの若い方にはできるだけ早く国際的な経験を積んでもらいたい。アーリー・エクスポージャーという言葉を使いますが、学会発表は早いほうがいいし、留学も早いほうがいい。その経験のなかで感じ、考えたものを自分自身で大きく育ててほしいですね。
広島大学 整形外科学
広島市南区霞1丁目2番3号
TEL:082-257-5232
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