中四国の乳腺医療の底上げのために
◆ピア・サポーター
岡山大学病院では社会復帰した乳がん体験者がピア・サポーターとして術前・術後の患者さんと面談。アドバイスなどをしています。
これから治療・手術を受けようとする患者さんは不安が強いものです。先日、ピア・サポーターとの面談を受けた51歳の女性は、術前化学療法になったことに不安を感じていました。「実は病気が重くて、先生がうそをついているのでは」「転移があるのでは」などの不安から面談を希望。面談終了後は「もやもやしたものがスッキリした」と言い、笑顔で「ありがとうございました」と言ってくれました。
スタートした2009年からこれまでに22人がピア・サポーターと面談。相談内容で一番多いのは乳房再建手術の術式選択で16人でした。
ピア・サポーターを医療チームの一員として位置づけ、さらなる患者支援の充実を目指す必要があります。医療者は治療、ピア・サポーターは癒やしを担い、患者さんの心の安定を図ります。
患者さんの悩みは人ぞれぞれです。乳房再建の悩みもあれば、抗がん剤の悩みもある。ピア・サポーター認定者の基準は治療経験の多様性、人柄、本人の希望などを基準にしています。異時再建(人工乳房)症例、同時再建・術後化学療法症例、術前化学療法・切除・ホルモン療法症例、乳房再建・ホルモン療法、乳房温存・化学内分泌療法などバラエティーに富んだ治療経験者に協力してもらっています。
◆妊孕性の温存
近年、若くして乳がんを発症する人が増えています。その人たちのために妊孕(にんよう)性温存の取り組みをしています。
乳がんの患者さんに化学療法をすると閉経してしまう人もいて、妊娠・出産が不可能となってしまいます。またホルモン療法をすると5年から10年は妊娠できません。例えば30歳でホルモン療法をすると、10年後は40歳。卵巣は高齢化していて、妊娠するのが難しくなります。
そこで当院で取り組んでいる妊孕性の温存方法は四つ。①LH―RHアゴニストによる卵巣保護、②受精卵の凍結保存、③卵子の凍結保存、④卵巣の凍結保存です。
相談支援システムをつくって初診時の問診票に妊娠挙児希望があるかどうかを聞きます。希望があれば生殖心理カウンセラーによるカウンセリングを受けてもらい、産婦人科を紹介、妊孕性の温存をします。
当院ではこれまでに45歳以下の乳がん患者さん221人のうち、カウンセリングを62人、妊孕性の温存を14人に実施しました。
◆遺伝性乳がんへの取り組み
ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーは2013年に両側乳腺の予防的切除、同時再建、2015年に両側卵巣の予防的切除をしました。これはマスコミでも大きく取り上げられ、遺伝性の乳がんや卵巣がんについて多くの人が知るきっかけとなりました。
乳がん全体で遺伝性乳がんが占める割合は5〜10%程度。乳がん罹患と関連のある遺伝子はBRCA1、BRCA2 などです。これらの遺伝子を持つ人は50〜80%の確率で乳がんを発症します。
遺伝性乳がんのキャリアが疑われる人には、まず遺伝カウンセリングを受けてもらいます。その後、遺伝子を調べ、キャリアと診断された場合、18歳から月に一度の自己検診。25歳からは年に2〜4度の専門家による視触診、年に一度のマンモグラフィーやMRI検査をしてもらいます。
アンジェリーナ・ジョリーのような予防的切除は、はたして有効か。日本乳癌学会のガイドラインによると乳房切除は発症リスクの減少率が90%とかなり高い数字が出ており、有効だと判断できます。
当院では2011年に家族性腫瘍外来を設立しています。これまでに40人にカウンセリング、14人に遺伝子検査を実施しました。
今後の課題は、遺伝カウンセラーとコーディネーターの養成です。また、遺伝子検査の費用が20万円と高額であること、予防的乳房切除の保険適用が認められていないこと、重点的サーベイランス(乳房MRI)の日本でのエビデンスがないなど課題が山積しています。
◆NPO法人の活動
2010年にNPO法人瀬戸内乳腺事業包括的支援機構(SBP)」を設立し、理事長を務めています。
SBPは中国・四国地域で実施される乳がんに関連した事業に対して、運営面・財政面での包括的な支援をし、地域医療の発展と市民の健康の維持と増進に貢献する目的で設立されました。
中四国の数十病院と協力して専門医育成事業、臨床研究事業、乳がん登録事業、組織バンク事業を展開しています。
◆11月にチーム医療研修会を開催
毎年乳がんのチーム医療研修会を開いていて、今年は11月8日(火)、9日(水)の2日間実施予定。中四国の病院から医師、薬剤師、看護師に当大学に来ていただき、私たちのチーム医療を見てもらいます。
研修会のプログラムは朝9時から夜7時まで。座学や手術見学、精神科の先生の講演などがあり充実しています。
当院のチーム医療のやり方を参考にしていただき、各病院の実情に合わせた形で取り入れてもらうことが、中四国の乳腺医療の底上げにつながれば幸いです。