新病院長が描く未来のビジョンとは
―4月に病院長就任。
「向きあう、つながる、広がる(Facing your Face,Facing our community,Facing the World)」を合言葉にしました。
「向きあう」はもちろん患者さんと真摯(しんし)に向き合うことです。
「つながる」には二つの意味があります。
一つは、職員間の意識と情報の共有を徹底すること。重大な医療事故の多くは、共有がなされていないことで起こります。患者さんに最高の医療を安全に届けるには、病院内が「つながる」ことが欠かせません。
もう一つは地域です。当院では地域医療連携推進法人の準備を進めています。医療機関はもとより、住民の方々と結びつき、地域に根ざした医療を担うという気持ちを忘れてはなりません。
つまり「Facing our community」の対象は院内であり、地域であるということです。
大学病院は先端医療の推進が使命です。「広がる」には、若い医師がどんどん世界に目を向け羽ばたいてほしいというメッセージを込めました。
組織体である病院にはさまざまな目標が設定されています。
例えば「診療報酬を上げるために病床稼働率をアップしましょう」と呼びかけるわけですが、人は数値だけを伝えられても頑張れるものではありません。
私たち岡山大学病院が何を目指すのか、どのような病院なのかを表す言葉を持っていることがアイデンティティーになると思うのです。なるべく日常的に使うやさしい言葉にしたのは、そのような思いからです。
―近年の動きは。
5月、約6年にわたる工期を経て、西棟・東棟からなる総合診療棟がフルオープンしました。
当院の高度医療と未来へのビジョン、そのすべてが詰まっているといっても過言ではありません。まさしく「岡山大学病院の心臓」にあたる施設です。
東棟はIVR(InterventionalRadiology)センター、臓器移植医療センター、低侵襲治療センター、ハイブリッド手術室、ICU(集中治療部)、CICU(循環器疾患集中治療部)などを備え、先端医療を提供します。
西棟は新医療研究開発センター、バイオバンク、超高精細CTなどの最新機器、CLR(治験病床)6床を設けました。
総合リハビリテーション部が入る4階には災害対策室を置き、災害用の備品や食料の備蓄庫を整備しています。有事には災害対策本部がすみやかに機能し、フロア全体を活用して対応します。
当院には「外科が強い」という伝統があります。総合診療棟には23の手術室があり、国立大の中では東大病院に次いで多い(2017年6月現在)。
手術件数は年間約1万件。国立大でもトップクラスです。IVRによる治療は年間約5000件で、さらに肺移植、小児心臓血管疾患の治療も高いレベルを誇っています。
旧帝大ではなく、地方の国立大がこの実績を維持している点に特徴があります。
内科系についても、当院の呼吸器腫瘍内科の先生を中心に関連病院と構成する「岡山肺癌治療研究会(OLCSG)」は、世界的にも有名な治療グループです。肺がん治療をはじめ、糖尿病、腎臓病、消化器疾患など、さまざまな新しい薬の治験にも取り組んでいます。
岡山大学病院が中核となり、中四国、兵庫県西部の83の基幹病院で形成する「中央西日本臨床研究コンソーシアム」の活動も積極的です。オープンイノベーションの推進、人事交流など、統一の意識のもとで大規模なネットワークが動いています。
3月、医療法上の「臨床研究中核病院」(※1)に認定されました。全国で11施設しかなく、中四国地域では当院が唯一です。
というのも、承認されるためにクリアしなければならない要件が非常に厳しいのです。
1年間にわたり質の高い研究を継続し、量や取り組む姿勢も評価基準となります。今回、再トライで取得することができました。
当院には、臨床研究関係の専属スタッフが約120人います。おそらく全国的にも、これだけの数を抱える施設は限られているはずです。
臨床研究中核病院になったことは、大きな意義があると思います。昨年始まった「患者申出療養制度」(※2)でも、臨床研究中核病院が重要な役割を担います。
厚労省から「中四国地域全体の臨床研究を発展させてほしい」との要望を受けていますので、強い気持ちでミッションに臨みます。
―あらためて、岡山大学病院の強みを。
当院は多様なセンター機能の設置をはじめとして、職種を超えた横のつながりを強固なものにしてきました。
例えばIVRセンターには放射線科、脳神経外科、小児循環器科が集まり、共同で運営会議を開いて、安全情報や技術情報を共有しています。
繰り返しになりますが、安全管理の本質とは「意識と情報の共有」です。放射線科医の私にも糖尿病の薬の処方はできるでしょう。しかし、そこで専門の先生にバトンを渡し、チームで患者さんを診る姿勢が当院では徹底されています。
組織の垣根がないという特徴は、教育面にも表れています。大学病院と医学部が連携し、医学生から研修医までのシームレスな教育を目指しています。
卒後臨床研修1年目から大学院に入学できる「ART(Advanced Research)プログラム」というシステムを運用しています。
また、消化器外科(旧第一外科)、呼吸器・乳腺内分泌外科(旧第二外科)、心臓血管外科の3科が合同で外科医を育成する「外科マネージメント」があります。
最初から専門診療科を選ぶのではなく、外科全般をローテーションして進む道を決めます。外科医の全人的教育を、診療科の枠を取り払って進めているのです。
岡山大学病院には、外来医長、病棟医長のほかに「教育医長」という制度があります。8年ほど前に導入しました。
各診療科の主に中堅から若手の先生が教育医長を務め、熱心な取り組みを続けています。
定期的に集まり、初期研修や後期研修の方向性について情報を交換。教育プログラムを共同で運営することで、自分の診療科だけでなく、より広い視野での人材育成につながっています。
密室的な医療は、たとえどんな手術の名人であったとしても、絶対にさせません。
―大切にしていることは。
私はよく、学生たちに「医師は科学する職人」だと言います。
医師は技術者ですから、技を磨き続けるのは当然です。職人はリスペクトされるべきだが、いつまでも同じ技術にとらわれている人は取り残されます。得てして患者さんを囲い込み、医療事故にもつながるわけです。
肺がんや肝臓がんは手術でしか治せない―。私が研修医だったころの常識でした。
しかし、医師になった直後に栄養を遮断して肝臓がんを死滅させる冠動脈塞栓術が登場。大きな衝撃を受けました。
それでも再発するがんに対して、カテーテルアブレーション治療、ラジオ波治療などが確立され、がんの治療成績はさらに上がっていきました。
治療法が進化する一方で、従来の治療法に固執する医師もいたのです。私は、患者さんのためだったら古いものにとらわれず、新しいものを取り入れるべきだと考えてきました。
大学には新しいものに触れるチャンスがたくさんあるわけです。職人でいることは大事ですが、一生同じものをつくっていても発展はありません。医師には「もっといいものがあるのではないか」という発想力が必要だと思うのです。
技術はいつか超えられるものです。「それを成し遂げるのは自分自身だ」と信じ、可能性を追究するのが「科学する心」です。
※1 日本発の革新的医薬品・医療機器の開発などに必要となる質の高い臨床研究や治験を推進するため、国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的な役割を担う病院
※2 未承認薬等を迅速に保険外併用療養として使用したいという患者の申出を起点とする仕組み。将来的に保険適用につなげるためのデータ、科学的根拠の集積が目的。保険収載に向けた実施計画の作成、実施状況等の報告を臨床研究中核病院に求めることが必要
岡山大学病院
岡山市北区鹿田町2-5-1
TEL:086-223-7151(代表)
http://www.hsc.okayama-u.ac.jp/hos/