九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

強い使命感を持ち地域医療の復興へ

南相馬市立総合病院及川 友好 院長(おいかわ・ともよし)1987年福島県立医科大学医学部卒業。福島赤十字病院脳神経外科副部長、南相馬市立総合病院副院長などを経て、2017年から現職。福島県立医科大学臨床教授、広島大学客員教授兼任。  東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の影響により、広範囲での居住制限や地域住民の避難を余儀なくされた福島県相双地域。地域の基幹病院としての役割を担う南相馬市立総合病院は、遠隔透析などの施策で地域医療の課題解決・復興に取り組んでいる。 ―南相馬市を含む相双地域の現状をお聞かせ下さい。  東日本大震災直後、南相馬市の人口は約7万人から1万人以下まで減少しました。現在は約5万5千人まで回復しましたが、若い世代の多くは市外での避難生活を続けており、帰還者のほとんどは高齢者です。そのため、急速な少子高齢化が進んでいます。  同時に医師不足も深刻です。現在、相双医療圏の医師偏在指標は全国で下から13番目、外来医師偏在指標は最下位です。震災以前から医師は不足していましたが、震災後はさらに問題が顕在化してきました。 ―2018年に遠隔透析を開始しました。   震災以降、相双地域では四つの病院が透析医療を行ってきましたが、設備や医師数の問題により、地域にいるすべての患者さんをフォローできない状況でした。車で片道1時間以上かけて、他地域の施設へ通院せざるを得ない「透析難民」は40人以上。加えて、地元での透析が可能であれば、避難先から帰還したいと考えている患者さんも数多くおられます。  この問題を地域の関係者と検討した結果、「他の病院ができないことを補完するのが市立病院の使命」と考え、当院での透析診療を決断しました。しかし、当院には専門の医師もスタッフもいない。そこで福島県立医科大学に相談し、2018年3月から遠隔透析をスタートさせたのです。  診療の流れは、当院と福島県立医科大学附属病院を専用回線でつなぎ、まず当院のスタッフが患者さんの体調に応じて透析の設定を行います。それを大学病院にいる専門医が確認し、透析中は患者さんの画像や数値などを両者で共有。異常の兆候が見られた場合には専門医が助言し、緊急時はドクターヘリを使って大学病院などへ搬送する体制を整えています。透析医療において「病院と病院を結ぶ遠隔診療」は全国初の試みです。  現在、透析診療は7床、週3回、午前と午後に分けて計9人の患者さんが透析を受けています。今年度中には14人に増える予定で、来年度は21人が目標です。そして、将来は当院にも透析の専門医を配置したい。今は体調が安定した患者さんのみ対応していますが、いずれは実際の診療と遠隔診療を両立しながら、できるだけ多くの患者さんを受け入れたいと思います。 ―その他の取り組みは。  高齢化対策の一つとして、2017年11月に「地域包括ケア病棟」を開設しました。ここではポストアキュート、サブアキュートに対して、在宅復帰に向けた医療を提供しています。具体的には、退院前の患者さんや、地域にいるフレイル状態の高齢者にリハビリなどの医療・支援を行い、自宅や介護施設での生活を継続させる取り組みです。現在、当院では約20人のリハビリスタッフが勤務し、地域包括ケア病棟には常時30人程度が入院しています。  また、福島第一原子力発電所事故における放射線の影響を包括的に研究する「地域医療研究センター」を2018年7月に設立しました。当院では事故直後、鳥取県から貸与されたホールボディカウンターによる内部被ばく検診を開始。現在も南相馬市内の小・中学生を対象に年2回の定期検診を続けています。それらの結果分析や実態調査などが当センターの役割です。  2020年は東日本大震災から10年目の節目を迎えます。当院に蓄積されている原発事故関連の地域医療データは膨大です。これらをさまざまな形でまとめ、社会に発信・提言していきたいと思います。 南相馬市立総合病院福島県南相馬市原町区高見町2−54−6☎0244―22―3181(代表)http://m-soma-hsp.com/

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地域を見据えた連携の軸は患者さんへの思いやりの心

地方独立行政法人 山形県・酒田市病院機構 日本海総合病院島貫 隆夫 病院長(しまぬき・たかお)1980年山形大学医学部卒業。米南カリフォルニア大学医学部留学、山形大学医学部第2外科助教授、山形県・酒田市病院機構日本海総合病院副院長などを経て、2016年から現職。  2008年、旧山形県立日本海病院と旧酒田市立酒田病院が再編・統合され、地方独立行政法人として再スタートを切った。再編・統合によって黒字化を果たし、医療設備への投資も積極的に実施する。再編・統合の準備段階から関わってきた島貫隆夫病院長の思いとは。 ―統合までの概要は。  山形県には四つの2次医療圏があり、当院は人口約28万人の庄内医療圏にあります。統合した旧酒田市立酒田病院は1947年に設立。一方、旧山形県立日本海病院は1993年に開設。場所は市立酒田病院からわずか2㌔㍍ほど。両院共に急性期病院として競合しつつも、地域医療に貢献してきました。  ところが、酒田病院が建物の老朽化や医師不足などが原因で患者数が減少。建て替え問題も浮上し、最終的には「競合よりも統合」という方針となりました。  2病院で合計928床の病床数を約2割減の760床にし、病院の機能分化を明確化。日本海総合病院には急性期医療の機能を集約。酒田病院跡地で開院した日本海総合病院酒田医療センター(現:日本海酒田リハビリテーション病院)は、回復期から慢性期を担っています。 ―統合までの概要は。  山形県には四つの2次医療圏があり、当院は人口約28万人の庄内医療圏にあります。統合した旧酒田市立酒田病院は1947年に設立。一方、旧山形県立日本海病院は1993年に開設。場所は市立酒田病院からわずか2㌔㍍ほど。両院共に急性期病院として競合しつつも、地域医療に貢献してきました。  ところが、酒田病院が建物の老朽化や医師不足などが原因で患者数が減少。建て替え問題も浮上し、最終的には「競合よりも統合」という方針となりました。  2病院で合計928床の病床数を約2割減の760床にし、病院の機能分化を明確化。日本海総合病院には急性期医療の機能を集約。酒田病院跡地で開院した日本海総合病院酒田医療センター(現:日本海酒田リハビリテーション病院)は、回復期から慢性期を担っています。 ―二つの病院を融合させるための具体策など。  統合への移行準備は3年ほどかけて進めました。同じ公立病院と言ってもその文化は違います。点滴一つとってみても考え方もやり方も違う。医療安全の観点からも問題でした。  そこで業務改善委員会を立ち上げ、業務一つひとつをリスト化し、共有しました。私が委員長を務め、その最初の大仕事として、ほぼ毎週ディスカッションを実施。1年間で500項目程度を洗い出しました。  業務の手順が大きく異なっていたのが看護部でしょうか。作業の確認法などを丁寧に共有化し、かつ現場での徹底に努めました。  カルテの問題もありました。一方は紙カルテで一方は電子カルテ。医師を中心に、統合に向けて紙の情報を短期間のうちに電子カルテに入力していきました。  経営面では地域の開業医の先生方との病診連携を再度構築。紹介いただいた患者さんは、かかりつけ医に情報を伝えて戻すという、一連の流れを丁寧に進めるようにしました。こうして統合前に比べ手術件数だけでみても年間約1000件増加がみられたのです。  地域の課題はそれぞれ違いますので、当院の方法がどこでも通用するとは思いません。しかし、人口減少社会を見据えると、自分だけが生き残るという考えを捨て、一歩踏み込んで機能分化と連携を考えることが地域の医療福祉の質の向上につながると思います。  病院の運営の基本は、患者さんへの思いやりの心であると、私は考えます。その基本がぶれてはいけません。 ―地域や他業種との連携が進んでいます。  地域医療連携推進法人「日本海ヘルスケアネット」には、庄内地域の3病院の他に地区医師会、歯科医師会、薬剤師会が参加し、2018年4月から活動開始。診療機能の集約化、機能分担などを進め、地域包括ケアシステムの構築を目指します。  ICTを活用し、患者情報を共有する医療情報ネットワーク協議会「ちょうかいネット」には4万人を超える患者さんが登録しています。当ネットには福祉施設が参加しており、職種によってアクセスできる情報に違いはなく、職種別にアクセス日数を分析したところ、ケアマネジャーが平均16日。患者さんの状態を見ながらケアプランを作っているようです。薬局のデータも見られますので、これを活用すれば多剤併用を防ぎ、医療費削減にもつながると考えています。  秋田県とはICTによる広域連携を検討。県を越えた連携は全国でも例がなく新たな医療連携が期待できるのではないでしょうか。 地方独立行政法人 山形県・酒田市病院機構 日本海総合病院山形県酒田市あきほ町30☎0234―26―2001(代表)http://www.nihonkai-hos.jp/hospital/

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病院・地域で協働し信頼と共感の医療を追求

医療法人秀和会 秀和総合病院 五関 謹秀 院長(ごせき・なりひで)1973年東京医科歯科大学医学部卒業。同附属病院第一外科入局。東京都立駒込病院、東京医科歯科大学医学部附属病院などを経て、2004年から現職。東京医科歯科大学臨床教授兼任。  地域医療と救急医療を両翼にする秀和総合病院。高度な先進医療の提供、搬送困難な患者の受け入れ、地域医療連携室の設置などを通し「信頼できる安心医療」を推進している。外科医として第一線に立ち続ける五関謹秀院長は、広い視野で医療界の未来を見据えている。 ―近年の医療課題は。  超高齢社会を迎え、春日部市でも高齢者が増えています。患者さんに説明を十分に理解してもらえない、高齢夫婦世帯で患者さんが家族のサポートを受けられない…など、医療を提供する手前で困難が生じるケースによく出合います。  また、当院では搬送先が決まらない患者を受け入れていますが、生活保護を必要とする高齢者の場合には行政との連携が必要になるなど、高齢化から広がる問題への対応の難しさを痛感しています。  一方で、在院日数を短縮し、在宅や施設へという流れが起きています。「受け入れ側の準備は十分か」と問えば、整っているとは言えません。他業界からの参入も増えており、発展途上の施設は少なくありません  例えば、誤嚥(ごえん)性肺炎で入院していた患者さんを家に帰しても、同じような生活をすれば、再入院になってしまいます。当院では、対応できる施設に患者さんを移せなければ前進はないと考え、NSTカンファレンスに意欲ある施設のスタッフを呼び、一緒に勉強をしています。食べることの重要性、効果的・効率的な医療の提供の正しい理解を広めたい思いもあります。待っていても状況は改善しません。自分たちでできることは積極的に取り組みます。 ―埼玉県は全国でも医師・看護師不足が深刻です。  東京医科歯科大学と連携しており、200数床で50人超の常勤医師がいます。医師不足が慢性化する中、これだけ充足できているのはわれわれの強みです。  今、求められているのは、日本もグローバリゼーションが進み、日本に根付いた価値観を持つ人、欧米の個人主義を受け入れる人が混在する中で、医師と患者の関係性にも変化が生まれていると感じています。  昔は「共感の医療」つまり、病気治療に立ち向かう医師の情熱に感動し、病魔克服に立ち向かう患者さんの闘魂に感動する医療があり、医師と患者が信頼し合って結果を出しました。しかし今は、信頼関係が揺らいでいます。若い医師は防衛に走らざるを得なくなっているのです。  信頼される医師を育てるため、教育の重要性が増していると考えます。大学では専門性の細分化が進んでいるため、一般的な開腹手術ができる医師が減っている現実があります。これではいざというとき対応できません。医師は専門性を追求すると同時にすべてのことを身に付けるべきです。当院でははじめの5年間はあらゆる経験をさせます。  また、私は外科医であるため、術中に自分に何かあっても患者を守れるように、自分に代わる医師を育てなければいけません。そこで長年、積極的に執刀の位置に若手を立たせ、私は前立ちの位置で手術をしています。みんな懸命に患者に対峙しているので上達が早く、結果、あらゆる手術に対応できるようになっています。 ―さらなる取り組みは。  大学病院からこの病院に移ったのは、「患者にトータルで寄り添いたい」という思いからです。  分担や効率性も大切ですが、全体を把握することを忘れがちです。トータルで見てはじめて、患者のために病院が本当にすべきことが見えてきます。  施設か在宅か、という流れであっても、最後まで患者を診るのは病院の役割です。退院後のケアやサービスをシステム化し、まず春日部エリアで定着させたい。そして、いずれは海外などで活用できるシステムとして紹介できればと願っています。 医療法人秀和会 秀和総合病院埼玉県春日部市谷原新田1200☎048―737―2121(代表)http://www.shuuwa-gh.or.jp/

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救急車〝お断りゼロ〟を目標に地域に必要な病院を目指す

津島市民病院神谷 里明 院長(かみや・さとあき)1983年名古屋大学医学部卒業。名古屋第一赤十字病院、安城更生病院、津島市民病院副院長兼統括外科部長などを経て、2017年から現職。  2019年9月9日、津島市民病院は津島市を中心とした海部医療圏での2次救急医療に対する貢献が認められ「救急医療功労者愛知県知事表彰(団体)」を受賞した。神谷里明院長に受賞に至った取り組み、そして今後の課題を聞いた。 ―救急医療の取り組みと地域における役割は。  海部医療圏で2次救急を受け入れられるのは海南病院と当院のみです。病院の規模や職員の数などの問題もありますが、できる限り地域で完結できる専門性の高い医療を提供することを目指しています。  救急車の受け入れは年々増加傾向にあり、2017年、2018年と年間受け入れ台数は4500台を超えました。医師不足に対しては、研修病院に手を挙げたことで、研修医の数が増えたこともあり、できる限り断らずに受け入れています。  今回の「救急医療功労者愛知県知事表彰(団体)」受賞は、〝お断りゼロ〟を目標に、地道にコツコツと取り組んできた成果だと思っています。2017年、2018年の〝お断り率〟は5%前後。20人のうち19人は、受け入れるという基本姿勢を貫いています。 ―急性期後のサポートは。  急性期の患者さんは85歳以上の方がかなり多く、治療後、ほとんどの方が家に帰ることを望まれます。  しかし、中には帰れないケースもあり、当院の地域包括ケア病棟、回復期リハビリ病棟に移っていただき、リハビリや日常生活のための訓練を行い、安心して地域に戻れる仕組みをつくっています。  地域包括ケア病棟は、急性期から在宅へのつなぎだけではなく、在宅で治療をしていて、一時的に調子が悪くなった時にも使っていただくことができます。  自宅に戻ったとしても昼間は一人になる方も多く、すべてのご家庭に介護力があるわけではありません。高齢者の場合、病気が一つに限らないことが多く、治し切るというのは難しい。患者さんの状態を良くした上で、その後、病気とどう付き合っていくかがポイントになると思います。  最終的にはあらゆる病気において、緩和ケアをしながら本人が望む場所で、本人が望む生き方がどこまでできるのか。そのための医療面でのサポートを、われわれが担っていく必要があると思っています。 ―今後は。  9月26日、厚生労働省が全国424の公立・公的病院を「再検証要請対象医療機関」として公表。愛知県内では9病院が対象となり、当院もその一つに入っていました。  対象理由の一つに「各分析項目について、構想区域内に、一定数以上の診療実績を有する医療機関が二つ以上あり、かつお互いの所在地が近接している」というのがありました。「『近接』とは、夜間や救急搬送の所要時間を考慮する観点から自動車での移動時間が20分以内」と定義されています。海部医療圏では、ほぼ同等の機能を持つ病院は当院と海南病院ですが、海南病院の方が規模的には少し上なので、当院の名前が挙がったと思われます。  厚生労働省は「地域医療構想調整会議の活性化を意図したものであり、今後の方向性を限定するものではない」との見解を示していますが、報道では「再編・統合」の文言が強調され、地域の方々に「将来、津島市民病院がなくなるかもしれない」との不安を抱かせ、病院のイメージが著しく傷つけられてしまったことは誠に遺憾であり、地域の実態や特性を無視したものといえるでしょう。  当院は地域の方々に必要とされている病院として、これからもその役割は変わりません。今後は、「愛知県地域医療構想推進委員会」において検証を行っていきますが、海部医療圏における津島市民病院の必要性をしっかりと伝えていきたいと思います。 津島市民病院愛知県津島市橘町3―73☎0567―28―5151(代表)http://www.tsushimacity-hp.jp/

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三病院連携「三重こども病院」で地域医療の発展をリード

三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座 小児科学分野平山 雅浩 教授(ひらやま・まさひろ)1986年三重大学医学部卒業。国立津病院(現:三重中央医療センター)小児科、米ミシガン小児病院留学、三重大学大学院医学系研究科小児科学分野准教授などを経て、2016年から現職。  小児血液腫瘍の分野で60年以上の実績を持つ教室。就任4年目となる平山雅浩教授も、造血細胞移植や細胞療法をテーマに診療・研究に取り組んできた。「子どもにとって、一番いい医療を」。その思いを胸に、三重県の小児医療充実に奔走している。 ―「小児がん拠点病院」に指定されています。  全国に15ある施設のうち、政令指定都市にないのは三重大学だけ。症例数は多くはありませんが、医療の質や体制が評価されている証だと思っています。ちょうど今、ブロック内の連携病院の指定作業に当たっているところ。子ども一人ひとりが最適な医療を受けられる体制づくりを進めたいですね。  日本小児がん研究グループ(JCCG)の三重県唯一の診断センターとして診断・解析を行うほか、がん経験者に対する長期フォローアップも行っています。さらに在宅医療を支援する「小児トータルケアセンター」を設置、多職種連携で小児がん医療を進めています。  もう一つの強みは、循環器です。川崎病の冠動脈病変や肺高血圧をテーマに研究を続けるとともに、最近、神経分野に着手。今後発展させていくつもりです。 ―「三重こどもメディカルコンプレックス(MCMC)」とは。  県内には独立した子ども病院はありません。その役割を果たすのがMCMCです。津市内にある国立病院機構の病院2カ所と機能分担し、トータルで「三重こども病院」を形成しています。  三重大学は、がんと循環器疾患を担当。新生児や発達の分野は「総合周産期母子医療センター」でもある国立病院機構三重中央医療センターが担当。大学でも先天性疾患や他診療科と連携できる外科系疾患を診ています。  感染症やアレルギーなどの急性疾患、および腎臓や内分泌などの慢性疾患をカバーするのが、国立病院機構三重病院。もともと子どもの療養施設であることから、重症心身障害児者の病床も持ち合わせて手厚いケアを行っています。  連携は診療だけにとどまりません。2病院は三重大学大学院の連携大学院としての機能を完備。各専門医だけでなく、学位も取得できます。人員には限りがあるので大学で五つ六つの研究分野を持つのは厳しいですが、この体制なら例えば大学に30人、三重病院に25人、三重中央で20人という配置で各専門性を特化できます。  また大学の小児科専門医プログラムでは入院設備のあるすべての関連施設で研修が可能ですが、例えば1年目は北なら県立総合医療センター、南なら伊勢赤十字病院でしっかり修練し、2~4年目でこの3病院を効率的に回ることで、ひととおり学ぶことができる。研修効果は、非常に高いですね。 ―今後の方向性は。  小児科医不足を改善するため、15年ほど前から県内6地域で大学主導による集約化を進めてきました。しかし、少子化が進む20年30年先を見越せば、さらなる集約・効率化は避けて通れません。  急性期ベッド数は減らす一方、在宅レスパイト機能はより拡充の必要があるでしょう。重症心身障害児の入院施設が不足ぎみで、特に北勢地域には新設したいところです。  さらに全国的にもそうですが、児童精神領域の医師不足は深刻です。今春から三重県立子ども心身発達医療センターで1人が研修を開始、今後も数年に1人は目指してくれそうです。将来的には、施設ごとに配置できるのが理想ですね。  小児科は病気だけを診る科ではありません。保健師や看護師、学校教員や行政職員など多職種連携の中で仕事は進み、人も育ちます。虐待などの社会的問題が取り沙汰される中、健康な子が健全に発育するのをサポートするのも私たちの使命です。それを若い人にも伝えていきたいですね。 三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座 小児科学分野津市江戸橋2―174☎059―232―1111(代表)https://www.hosp.mie-u.ac.jp/pediatrics/

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確かな臨床力を備えた医師を育てたい

福岡大学医学部消化器内科学平井 郁仁 主任教授(ひらい・ふみひと)1991年福岡大学医学部卒業、1997年同大学院修了。同大筑紫病院消化器内科准教授、炎症性腸疾患センター部長・診療教授などを経て、2019年から現職。  消化器内科は、消化管と肝胆膵が一つの診療グループを形成する大所帯。「大学病院の使命である臨床、研究、教育の3本柱のバランスが取れた医局を作り、しっかりした診察力を備えた消化器内科医を1人でも多く育てたい」と、4月就任の平井郁仁主任教授は抱負を語った。 「ブラック・ジャック」に憧れを抱いて  熊本県玉名郡で生まれ育った。「歯科医の父を間近に見て、幼い頃から漠然と歯科医か医師になろうと思っていました」  医師への道を決定づけたのは、天才外科医「ブラック・ジャック」が主人公の医療漫画(手塚治虫原作)。小学校高学年から中学生のころに夢中になった。「外科医になりたい、と憧れを抱くようになりました」  ただ、福岡大学医学部に進学後、選んだのは外科ではなく消化器内科。「急速に普及し始めた内視鏡に強い興味が湧きました」と振り返る。 専門に選んだのは炎症性腸疾患  診療のステージは同大学筑紫病院が長かった。消化器科(現:消化器内科)に所属。専門は、クローン病など難治性の炎症性腸疾患(IBD)だ。  上司だった八尾恒良教授(現:福岡大学名誉教授)から「クローン病の臨床研究をしないか」と誘われたのが始まり。博士号取得の論文は「Crohn(クローン)病の長期予後に関する臨床的検討」で、過去のデータを解析する、いわゆる「後ろ向き研究」だった。  後ろ向き研究のカギはカルテや画像診断データがどれだけ残っているか。筑紫病院に通ってきていたクローン病患者は当時、数百人。1985年以降のデータが蓄積されていた。  長期にわたって研究を続け、以来、この疾患に関係する論文は163本、著書は13冊(共著を含む)に上る。「研究は後輩が引き継いでおり、成果を世界に発信できるでしょう」。難病の克服という目標に向かい、後進を指導する。 臨床、研究、教育のバランスを取って  およそ20年ぶりに筑紫病院から戻って半年、総勢50人が在籍する消化器内科教室の運営方針の背景には、「臨床が基本中の基本」とする平井教授の確固たる信念がある。  「まっとうな診療をしていかないと研究がうまくいくはずがない。それさえ外さなければ、細かいことは言いません」  もちろん研究、教育にも力を注ぐ。「それぞれの医局員の個性、違いを生かしながら、全体で臨床、研究、教育のバランスが取れているように運営をしています」と語る。 消化器内科医を地域に送り出す  今、消化管上部(食道、胃、十二指腸)、下部(大腸、小腸)の検査から早期がんの切除まで、内視鏡での実施が可能になった。肝胆膵の検査にも内視鏡を活用する。「内視鏡による検査・治療が進化して、早期がんの発見や根治的な治療も可能になった。消化器内科医として、良い時代を歩んでくることができたと思います」  ただ、気にかかっているのが医師の都市部への偏在。地方の医師不足だ。  日本人の死亡原因の1位はがんで、その半数以上が消化器系のがん。内視鏡検査ができる内科医の数が十分でなく、発見が遅れる一因になっているのでは、と考えている。  「例えば大腸がんは早期発見すれば内視鏡で治療できる可能性があります。しかし、大腸内視鏡検査を敬遠して手遅れになる人が、特に女性に多いように感じます。さらに、その検査を受けられる場が少ないエリアもある。地域格差の解消のため、1人でも多く、優秀な内科医、内視鏡検査ができる医師を育て、送り出していきたいと思っています」 福岡大学医学部消化器内科学福岡市城南区七隈7−45−1 ☎092−801−1011(代表) https://gastroenterology.med.fukuoka-u.ac.jp/

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先行モデルとなる〝生涯活躍のまちづくり〟を

兵庫県立丹波医療センター 兵庫県丹波市氷上町石生2002―7 ☎0795―88―5200(代表) https://tmc.hyogo.jp/  7月、兵庫県立柏原病院と柏原赤十字病院が統合。丹波市健康センター「ミルネ」や丹波市立看護専門学校を集約するメディカルコンプレックスが誕生した。このミッション遂行のため、秋田穂束院長が、前身の一つである兵庫県立柏原病院に赴任して6年。「これからが本番です」と語る院長には、壮大なビジョンがあった。 ◎全国初の自治体病院と赤十字病院の統合 丹波市健康センターや丹波市立看護専門学校に隣接する兵庫県立丹波医療センター  統合に至る理由の一つは、両病院ともに深刻な医師不足にあったという。まず取り組んだのは、兵庫県立柏原病院の診療機能回復。道筋をつけながら新病院づくりに着手し、ようやく7月1日、兵庫県立丹波医療センターがオープンした。  「県立柏原病院は急性期と緩和医療、柏原赤十字病院は回復期をメインに総合診療や健診を担ってきた経緯があります。そこで新病院ではこれらの機能を融合しました」  27診療科を標榜し、急性期204床、地域包括ケア45床、回復期リハ45床、緩和ケア22床、感染症4床の計320床。丹波地域のニーズに応じ、急性期から回復期、終末期まで幅広い医療を担っていく。  隣には、丹波市健康センター「ミルネ」を開設。赤十字病院が担ってきた総合診療外来、訪問診療や健診・人間ドックを展開するほか、丹波市の保健、福祉、介護部門、丹波市医師会が運営する休日応急診療所もここへ移設された。「病院、兵庫県、丹波市が一丸となって地域の医療・健康づくり推進するユニークな拠点の誕生です」  オープン後は、予想を超えるスピードで患者数が増加。今は238床体制で、稼働率は常に97%ほど。救急搬送数も1・5倍近くに急増。救急機能はさらに、強化していく構えだ。 ◎目指すのは教育で勝負する病院 幅広い診療に対応する新病院の受付エリア  「大事なのは、将来への種まき」と秋田院長は語る。設計においては、スキルスラボやカンファレンス室、指導室、学生用の宿泊施設などの教育設備に十分に配慮した。  現在、研修医は17人。短期研修として他院からも30人ほどが来ている。「いろいろな立場の人が交わることによって、自己や他者を知り、切磋琢磨(せっさたくま)できる環境につながっています」  また、内科は一つで、総合的に診ている。「臓器別ではなく多様な疾患を診ることでの教育効果は非常に高いと感じています。研修医の臨床能力試験でも高い成績を残しています。『ゼネラルマインドを持つ医者を育てる』という、私がずっと大事にしてきたことが、実現できているのではないかと思います」  へき地などで勤務する医師を確保するための兵庫県養成医師制度においては、卒後、県職員として勤務する医師たちの臨床研修の場にもなっている。地元で活躍する医師の育成にも、さらに貢献していくつもりだ。 ◎地域医療のモデルに 秋田 穂束 院長  治療やケアだけでなく、予防や健康増進にも配慮しながら、見守り支える医療活動が求められている。予防医療に関しては今秋から「ミルネ」を中心に丹波市や神戸大学と協働。認知症やフレイル防止のプログラムを実施し、ICTでのデータベース化を推進する。  さらに丹波市では、医療介護情報連携システム「ちーたんネット」の運用を、2019年7月に開始。病院、医院、歯科医院、薬局、介護施設での情報共有が着々と進んでいる。  「私が目指したいのは、〝生涯活躍のまち〟です。病院とミルネ、『ちーたんネット』の機能、福祉施設などが充実すれば、人口減少に歯止めがかかるかもしれません。医療、健康、福祉は有望な産業であり、地域活性の柱になり得るのではないでしょうか」  丹波を新たな地域医療モデルにしたい、全国に発信できる健康寿命日本一のまちにしたい―。夢の実現は、始まったばかりだ。

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ダビンチ導入によって地域医療の質を向上

国家公務員共済組合連合会 舞鶴共済病院布施 春樹 病院長(ふせ・はるき)1983年金沢大学医学部卒業。同泌尿器科学教室講師、厚生連高岡病院泌尿器科診療部長、舞鶴共済病院病院長代行などを経て、2011年から現職。  2019年4月、舞鶴共済病院が京都府北部地域では初めてとなる手術支援ロボット「ダビンチ」を導入した。泌尿器科を軸に、手術件数も順調に伸びている。しかし、導入までの道のりは決して平たんなものではなかった。導入の目的や現在の状況について、布施春樹病院長に話を聞いた。 —今年4月からダビンチの手術がスタート。  4月22日に1例目を実施しました。施設認定を受けた後、6月からダビンチによる手術に本格的に取り組んでいます。  患者さんの多くが舞鶴市の開業医の先生方からの紹介です。地元からの紹介件数としては、前立腺がんの新規の患者さんの数がこれまでの2倍程度増加しています。開業医の先生方には大変感謝しています。  従来からの前立腺全摘出術の実績に加えて、ダビンチ導入について、地域の先生方に広く理解いただいた結果だと考えています。  ダビンチ導入の目的はいくつかありますが、患者さんにとっては地域で医療が完結できることが第一です。ダビンチによる手術を希望しても、実施できる施設が地域になければ治療が選択できません。舞鶴市から京都市内までは2時間程度はかかります。その手間を考えると、なかなか容易ではありません。  ダビンチはこれまで、京都府北部地域の病院に全くなかったので、今後当院が担う役割は大きいのではないでしょうか。  手術は京都府立医科大学にご協力を頂いています。ただ、いずれは専門医が常駐できるように、教育面などで働きかけていく必要があると感じています。  地域においても、これまであまり当院での治療実績が多くない、舞鶴市を除く京都府北部地域全体の患者さんにも活用してもらいたいと考えています。  導入決定後は、地域の病院に足を運び、ダビンチ手術も含め当院の治療実績などを改めて説明しています。 —医師不足については。  京都市内は医師数が潤沢のようですが、府の北部はかなり厳しい状況です。  当院がダビンチ導入に踏み切った理由の一つも、医師の確保につながると考えたからです。  若手の外科医の場合、ダビンチによる手術を経験できる病院で技術を磨きたいと考えているようです。外科医の確保のためには、ダビンチの導入は不可欠だったのではないでしょうか。  幸いなことに、舞鶴市はダビンチに対して理解を示し、導入に当たって助成金をいただくこともできました。  またそのように地域の理解を得たことがはずみとなって、当院の母体となる国家公務員共済組合連合会本部の了解を得ることにもつながりました。 —ダビンチ導入の院内での効果は。  ダビンチ手術を実施するには、医師だけでなく看護師、特に臨床工学技士の力量が重要となってきます。このためダビンチチームは他病院での研修などに積極的に参加し、連携しながら取り組んでいます。  私は日頃から、新しいことに挑戦しよう、と職員にも声をかけてきました。これまでにない挑戦をすることが病院全体の活性化にもつながると思います。  今後、消化器外科でもダビンチ手術を実施できるよう前向きに準備を進めています。泌尿器科だけでなく他科でもダビンチを活用することで、導入の効果も上がります。また、外科のチームが加われば、将来的にロボット手術の拠点といった存在になる可能性もあるでしょう。  地域の方への情報発信も必要だと思います。9月には市民医療フォーラムを実施し、市民向けにダビンチ手術についての講演をしました。今後もロボット手術のメリットを、地域の皆さんにも伝えたいと思っています。 国家公務員共済組合連合会 舞鶴共済病院京都府舞鶴市浜1035☎0773―62―2510(代表)https://www.kkr.or.jp/hospital/maizuru/

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