医療事故と法律(3)
医師法二一条解釈における「積極説」、すなわち、そこにいう「死体」には、自分が診療していた患者の死体も含まれるという解釈は都立広尾病院事件最高裁判決で確定しました。
しかし、医師にとって、自分が診療している患者が死亡することは日常的なことです。日本人の八割以上は医療機関で亡くなっているのであり、その方々は何らかの疾患で、ある特定の医師の患者になっているはずなのです。自分の患者が亡くなるたびに、異状死の範囲に含まれるか否か、医師法二一条の届け出義務を負うか否かについて頭を悩ませなくてはならないとすれば、医師にとっての精神的負担はばかになりません。
では、医師法二一条にいうところの「異状」とは何か。
産科医の逮捕で社会的に大きな注目を集めた福島県立大野病院事件は、帝王切開術中の産婦が出血性ショックで死亡したことについて、執刀医の業務上過失致死罪が問題になった事件ですが、あわせて、医師法二一条も問題になっています。平成二〇年八月二〇日福島地裁判決は、業務上過失致死罪の成立を否定するとともに、「医師法二一条にいう異状とは、同条が、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にしようとした趣旨の規定であることに照らすと、法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解されるから、診療中の患者が、診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも同条にいう異状の要件を欠くというべきである」とし、医師に無罪を言い渡しました。
この、「法医学的な異状」という考え方は、昭和四四年三月二七日東京地裁八王子支部判決にも登場します。これは、精神病院に入院していた患者が行方不明になって二日後に屋外で死んでいるのが発見されたのに、医師法二一条の届出をせず、病院内で死亡したものとして死亡届を出したという事案です。
「右医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきであり、したがって死体自体から認識できる何らかの異状な症状乃至痕跡が存する場合だけでなく、死体が発見されるに至つたいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異常を認めた場合を含むものといわねばならない。何故なら医師法が医師に対し前記のごとき所轄警察署への届出義務を課したのは、当該死体が純然たる病死(自然死)であり、且死亡にいたる経過についても何ら異状が認められない場合は別として、死体の発見(存在)は応々にして犯罪と結びつく場合があるところから、前記のごとき意味で何らかの異状が認められる場合には、犯罪の捜査を担当する所轄警察署に届出させ、捜査官をして死体検視の要否を決定させるためのものであるといわねばならないからである」
実は医師法二一条で裁判例を検索すると、都立広尾病院事件以外でヒットするのはこの福島地裁判決と、東京地裁八王子支部判決の二つだけです。前者はセーフで、後者はアウト。これだけ見ると、頭を悩ますほどの難問でもなさそうですね。
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