医療事故と法律17
11月14日、厚労省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の初会合が行われました。これは来年10月の医療事故調査制度発足に向けて、報告、調査の対象となる事故の範囲や、調査の方法等についてのガイドライン策定のために設置された諮問機関です。
しかし、各種報道や傍聴した弁護士からの情報によれば、この検討会での議論は、初回から混迷気味のように思われます。その大きな原因は、私のみるところ、検討会の資料として提出された、「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン」と、その内容を主張する一部の委員の存在にあります。この日本医療法人協会という組織を私はよく知らないのですが、そのガイドラインの主眼は、この事故調査制度を医療提供者の責任追及のための制度にしない、というところにあるようです。おそらく、それに関して、異論のある人はいないでしょう。事故調査制度の目的が原因究明及び再発防止にあることは、法律の条文からも明らかです。しかし、このガイドラインは、責任追及を心配するあまりか、報告・調査の対象となる事故の範囲を極めて狭いものに限定しようとします。
具体的には、法律の条文が「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省例で定めるもの」となっていることを根拠として、明らかに誤った医療行為に起因する死亡でも、予期していたものは報告・調査の対象にならない、と主張しています。予期された医療過誤とはどういうものでしょう。
このガイドラインは次のような喩えを持ち出します。たとえば、200人の生徒が4日間の修学旅行に行く場合、引率する教員にとっては、のべ800人・日あれば、忘れ物やけがといった「事故」がいくつか起こることは当然予期している。医療でも同じである。薬剤の取り違えのような間違いは一定の確率で起こることであり、管理者は事故が発生することを予期している。
だから、薬剤を取り違えた結果患者が死亡したとしても、それは「予期した」死亡であって、報告・調査の対象に含まれない、というのがこのガイドラインの論理です。
1999年の都立広尾病院事件、横浜市立大学事件等を踏まえた2000年5月に発表された国立大学付属病院長会議中間報告「医療事故防止のための安全管理体制の確立について」の扉には「人は過ちを犯すものである。しかし過ちを繰り返し続けるのは悪魔である」という言葉が記されていました。人は誰でも間違える、だからこそ、間違いを減らすために、その原因を究明して再発防止策を講じなければならない、というのが医療安全の原点だ、と私は思っています。しかし、このガイドラインの姿勢はそれと180度異なります。人は誰でも間違える、よって間違いは予期されている、したがって間違いを報告したり調査したりする必要はない。
もちろん、こんな論理が成り立つわけはありませんし、法律解釈としてあり得ません。しかし、そのようなガイドラインが資料として提出され、その立場を主張する人が委員として議論に加わっている、という困った状況が起きているようです。
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