2回にわたって、医療施設のカルテ開示義務について述べてきましたが、それにもかかわらず、医療施設がカルテ開示を拒んだ場合、どのような法律関係が生ずるでしょうか。
個人情報保護法以前、こういった場合のリーディング・ケースとされてきたのは、東京高裁 昭和61年8月28日判決です。これは、患者が準委任契約としての診療契約に基づく顛末報告義務(民法六四五条)の履行としてカルテ開示を求めたのに対し、報告には必ずしもカルテを開示する必要はなく、事案に即して適切と思われる方法で説明・報告すればよいとするものでした。
個人情報保護法施行後、この問題に関する最初の司法判断は、東京地裁平成19年6月27日判決です。これは、眼科診療所を受診した患者(原告)が、診療所開設者(被告)に対し自分のカルテの開示を請求したところ、被告がこれを拒絶したということで、カルテ開示と慰謝料の支払いを求めた裁判です。この事案における裁判所の判断は、原告の請求を棄却するというものでした。個人情報保護法上の診療記録開示義務は、あくまでも医療機関の公法上の義務であり、情報主体である患者本人に対して開示請求権を付与したものではないというのがこの判決の見解です。個人情報保護法では、個人情報取扱事業者が法律上の義務に反した場合、主務大臣がその違反行為の中止を求める勧告を行い(法三四条一項)、勧告に従わない場合には従うよう命令することとなっており(同条二項)、その命令違反には罰則もあります。カルテ開示を拒否された個人の権利は、このような主務大臣の行政上の監督によって保護されるのが個人情報保護法の仕組みである、とこの判決はいいます。
これに対し、医療施設のカルテ開示義務を認めた初めての司法判断は、東京地裁平成23年1月27日判決でした。この判決は、個人情報保護法の解釈に触れてはいませんが、原告たる患者が個人情報保護法に基づくカルテ開示請求を行い、被告が同法上の「事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当するとして開示を拒否した等の事実を認定した上、本件の状況の下では、「診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていた」として、被告に慰謝料及び弁護士費用合計22万円の支払を命じました。
これにつづき、福岡地裁平成23年12月20日判決も、医療施設のカルテ開示義務を肯定し、開示を拒んだ被告に30万円の慰謝料の支払いを命じています。この判決は、民法上の顛末報告義務の一環として診療記録開示義務を認めています(被告は小規模なクリニックであり個人情報取扱事業者に該当しなかったようです)。この判断は、昭和61年の東京高裁判決の判示とは真っ向から対立するものですが、この間のインフォームド・コンセントの普及、カルテ開示の定着により、顛末報告義務の内容も変化してきたということかもしれません。
開示請求を認めた二つの判決の理由づけはそれぞれ異なります。しかし、正当な理由のないカルテ開示拒否は慰謝料請求の対象となるという司法判断の流れは今後も変わらないのではないでしょうか。