個人情報保護法上、患者本人からカルテの開示を求められた場合、個人情報取扱事業者たる医療施設は、原則としてそれに応じなければなりません。
原則というからには例外があるのではないか。
あります。個人情報保護法二五条一項は、以下の三つの場合には、個人情報の全部又は一部を開示しないことができるとしています。①本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合、②当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合、③他の法令に違反することとなる場合。
これは個人情報一般についての規定です。カルテ開示が、この①〜③に該当する可能性があるでしょうか。
まず、患者に対するカルテ開示が法令に違反することはあり得ません。だから③はカルテ開示については問題になりません。②はどうでしょう。診療中にいきなりやってきて、いますぐカルテを開示せよ、やれ出せ、いま出せという要求をするようであれば、「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれ」があるかもしれません。しかしそれは開示請求の態様の問題であって、カルテ開示それ自体がこの条項に該当することは考えにくいと思います。
あるとすれば①です。厚労省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱に関するガイドライン」も、これに該当し得る場合として、以下の二つを挙げています。a患者の状況等について、家族や患者の関係者が医療従事者に情報提供を行っている場合に、これらの者の同意を得ずに患者自身に当該情報を提供することにより、患者と家族や患者の関係者との人間関係が悪化するなど、これらの者の利益を害するおそれがある場合、b症状や予後、治療経過等について患者に対して十分な説明をしたとしても、患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合。
主として、aは精神疾患、bはがんなどの悪性疾患を念頭においたものだと思われます。
しかし、このような理由でカルテ開示請求を拒む場合、医療機関はかなり難しい問題に直面することになります。
開示を拒絶された患者は、なぜ開示されないのか、その理由を知りたいと思うでしょう。個人情報保護法第二八条も、開示を拒絶した場合には、本人に、その理由を説明するよう努めなければならないとしています。しかし、例えばbを理由として開示を拒絶した場合、いったいいかなる説明が可能でしょうか。「カルテを開示して、そこに記載されている内容をあなたが知ったら、重大な心理的影響を受けて、その後の治療効果に悪影響を及ぼすから」という説明が可能でしょうか。患者は疑心暗鬼になってしまって、それこそ治療効果に悪影響が出るのではないでしょうか。
aの場合には、患者の家族等第三者が絡んでくるので問題は複雑化するのですが、基本的に、本人の利益のために情報開示を拒むという論理は、カルテに関しては成立しないと考えるべきでしょう。それを前提として診療にあたること、また診療記録の作成にあたることが、今日の医療には求められます。
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