医療法人 真愛会 髙宮病院 理事長・院長 髙宮 眞樹
病院近くのタバコ屋の前にいた中年の男性が、暑いですねと声をかけてきた。今から院長に会うと知り、「8日の夏祭りには子供と参加した」と言った。年2回の催しを楽しみにしているそうだ。そこから少し離れたところで小さな鉄工所を営む65歳の男性は、「年に何度か入院患者がいなくなるので、住民も病院職員と手分けして探すんですよ」と、当たり前の顔で話した。「今の院長はここで生まれ育ったんです」の言葉に、なんとなく地域との関係がうかがえた。
地域と共存するために
当院は60年以上も前、ここらが田んぼだったころからありますが、旧病院のころは近所から、患者の声がうるさいなどの苦情が、市会議員や区長を通じて持ち込まれるようなことがあって、地域とどう結びつけるか、うまく共存できるかについてずっと考えてきました。
10年くらい前に、地域の運動会にちょっと顔を出し、3年目からは看護師さんを連れて行って血圧を測ったりすることで、顔見知りがだんだん増え、地区のいろんな会合や説明会に呼ばれるようになりました。病院内部の催しだった運動会と夏祭りも地域に開放して、精神科病院の敷地内に入ってもらうようにしたんです。
「地域で」と言うのは簡単
もともと心のことは分からないものですが、精神の病気はほかの疾患と違い、古くから物の怪とか狂気とか、言葉や文字から来る近づきにくさがあって、分からないものに対する恐怖や不安が偏見につながっていったのではないでしょうか。
最近はうつ病やアルツハイマーなどを中心に、患者数が急激に増えていますが、昔に比べて軽症化している傾向があります。その人たちは、昔は地域の一員として暮らしていたのですが、今は軽症でも地域にいられないという面もあります。最近はそこが逆転して、認知症にしても統合失調症にしても、地域で看るべきだという声があがっていますが、果たして今の日本に、ちゃんと機能している地域があるだろうかと、医師として思うわけです。
生活圏にある精神科病院
4疾病5事業から5疾病5事業になったけれども、予防の方法や方策が明確に打ち出されていない。精神の場合はケースバイケースで、統計が取りにくいんです。生活習慣病の「塩分はひかえなさい」みたいに具体的に言えないところがある。うつ病を引き起こす強いストレスに耐えられる人もいるわけです。
だから、ちょっと不眠になった時に相談に行ける体制を整える必要があり、そのために地域との共存協力関係は大事だと思いますね。それもあって当院を建て替えた時、精神科病院というイメージを薄めて、クリニックのようにしたんです。
日本人の心と今
私が子供のころと今は全然違います。我々は学校で先生を尊敬し畏怖もしましたが、今はそんなルールがなくなっているんじゃないかなと思います。時代の変化があるにしても、昔から日本人の心の中にあった、秩序とか、人を敬うとか、日本人特有のものが崩れ去っているように思います。そういったことと、新型うつ病の増加は、何らかのつながりがあるんじゃないでしょうか。
青年会議所の思い出
若いころは日本青年会議所の医療部会長として、ネパールに経口補水液を持って行ったり、ロシアに注射器や針を送りました。海外への医療支援を中心に、医療に役立つ講演会もやりました。今年8月10日には医療部会発足50周年の集いがありました。医師会長、歯科医師会長、薬剤師会長の3人が一堂に会したのは日本で初めてだそうです。
失敗から学ぶことは多い
医療者は臆病になることも大切だと思いますね。いろんな経験の中で、失敗もして一人前になるんです。失敗しないに越したことはありませんが、失敗は宝の山です。人間は失敗しないと、根性が入らないんですよ。うまくいったことだけで立派な医者になるのはむつかしい。自信過剰になると、そこが見えないんです。
私は若いころ生意気な医者だったんです。慶応大学の精神科といえば、先輩に北杜夫さんや、なだいなださんがいて、その当時は他人の失敗が宝の山だとは分からなかったですね。
一精神科医の意見として、統合失調症になった人をもっと相手にする必要があると思います。本人に理由が分からないまま突然発症して、とてもかわいそうですよ。人生がかなりレベルダウンしますからね。それで、いい病室も作ったんです。(聞き手=川本)