患者さんに癒やしとゆとりをもたらす治療を
―宮崎県内の精神科疾患の傾向を教えてください。
精神科を訪れる患者さんの数は、全国同様、増加傾向です。精神疾患についての一般的な認知度の高まりに伴い、早期受診する方が増えたこと、精神科に対する抵抗感が薄れてきたことなどが、背景にあると思います。
高齢化に伴って認知症患者の増加が顕著です。精神科には単なるもの忘れだけでなく、徘徊(はいかい)や物盗られ妄想などの症状での受診が多く、県内では三股町の大悟病院をはじめ五つの病院が認知症疾患医療センターに指定されています。
また、児童思春期の需要も高くなっています。しかし、宮崎には児童精神科医が少なく、予約待ちの期間が長いことが問題です。2017年4月、国立病院機構宮崎東病院(宮崎市)に、同院の赤松馨先生と当センターのセンター長だった橋口浩志先生によって児童精神科病棟が開設されましたが、いつもほぼ満床の状態だと聞いています。
―近年、緩和医療や緩和ケアが注目されています。
当院でも、がん診療連携拠点病院として内科の石川恵美先生を中心に緩和ケアチームを立ち上げてきた経緯があり、現在は麻酔科の義川祐子先生を軸に、精神科医の並木薫と猪飼文音の2人がチームメンバーとして加わっています。
緩和医療における精神科医の役割は、せん妄対策やうつ状態の治療、心理的なサポートなどで、終末期では、完全な治癒が見込めない中で何ができるかという難しさがあります。緩和ケア専従の看護師の役割も大きく、スタッフがチームで対応することで、多角的な支援が可能になります。
―診察時に大事にしていること、精神科医として心がけていることは。
地味なことですが、待合室に患者さんを探しに行って、目が合ったら手招きして診察室に来てもらいます。「まだか、まだか」と待っている人には一声かけます。診察時には最初に目を合わせてあいさつ。診察中は処方時以外はカルテを書かず、聞くことに専念します。
初診ならできる範囲で身体診察もします。再診でも、脈拍ぐらいは診るようにしています。それだけでバセドウ病に気付くこともまれにあります。
また、「患者さんの話に耳を傾ける」という姿勢をできるだけ大事にしています。初診に約2時間かけることもあります。必ずしもうまくいくとは限りませんが、患者側が「伝えたいことを十分に伝えることができた」と満足感を得ることで医師との信頼関係ができれば、その後の治療も円滑に進むと思っているからです。
薬を処方する医師の言うことを患者さんやその家族が信用するかどうかで、適切に服用してくれるかが変わり、治療の効果も違ってきます。ですから、まずしっかりと話を聞くこと。単純ですが、その基本的なことをできるだけ怠らないようにしようと心がけています。
自分で訴えられる人はまだいい方です。「1人でいることが寂しい」「働き過ぎで疲れた」と感じられるのはある意味「健康な人」。本当に状態が悪くなっている人は身体や心の疲れの感覚が鈍くなり、自分では原因がわからないことも多いのです。
自閉症や認知症、昏迷状態や幻覚妄想状態によって訴えることのできない人もいます。それらの人たちの言葉にならない訴えも、少しは分かるようになってきています。
それから、患者さんに害を与えない、傷つけないことを心がけています。患者さんは多かれ少なかれ、外からは見えない傷ついた気持ちを心の内に秘めているものです。その傷に塩を塗るようなことは、できるだけしないようにしています。
―2015年、宮崎大学医学部の研修医が選ぶ「ベスト指導医賞」に選出されました。
第7位ですが、名誉ある賞をいただきうれしく思っています。精神科では珍しいという点もうれしいですね。何が評価されたのでしょう。週1回研修医の話を聞いて、患者の背景について話し合ったり、助言したりしたのが良かったのかもしれません。
当時は思春期の入院患者の治療に必死でした。思春期の患者の治療では、薬物治療より精神療法の比重が高くなるケースが多い。それだけ手間が必要ですし、悩みもします。
例えば、思春期に多い摂食障害は治療が難しいのに専門とする病院が宮崎にはありません。治療につながらずに死んでしまうこともあるので、ここが最後の砦(とりで)だと思って治療にあたります。
時には行動を制限することもあり、それで心が動いたら精神療法ができる。研修医には、摂食障害の患者を診たら点滴だけして帰すのではなく、精神科に紹介することで治療につながり、死を防げるかもしれないと教えています。そんな気持ちが伝わったとすれば、うれしいですね。
―精神科医を目指す人に願うことは何でしょう。
患者を傷つけないことでしょうか。それから「見立て」を大切にすることでしょうかね。見立てによって、治療もその結果も変わってくる。言葉かけ一つ取っても変わる。若い人にはその大事さも伝えているつもりです。
私は、まず器質的疾患、次いで内因性疾患、そして外因性疾患の順に診るように教わってきました。ここは大学病院に次ぐ総合病院で、他科の先生に相談しやすいことが最も大きな利点です。器質性疾患の鑑別に適した病院なのです。ですから、当院に来た若い医師には、この病院の利点を生かして身体疾患を見逃さないように注意し、鑑別診断をしてほしいと思います。
単科の精神科病院やクリニックではすぐにできない検査や合併症の治療を行い、休日や夜間も含めて24時間体制で救急車も精神科救急も受け入れる。これができるのは42床に対して8人の精神科医がいて、看護スタッフの力量があり、病院全体の協力があるからです。
2016年4月の熊本地震では発災翌朝にDPAT(災害派遣精神医療チーム)を現地に派遣。同年10月には精神科リエゾン、翌年4月には自殺対策の各チームも立ち上げました。精神鑑定の依頼もあります。
精神科医療に求められることは増え、多様化しています。すべてに応じることはできませんが、救急や合併症への対応が多い中でも、患者さんの傷ついた心への細やかな感性を失わず、少しでも癒やしとゆとりをもたらす治療ができればと思っています。
宮崎県立宮崎病院精神医療センター
宮崎市北高松町5-30
TEL:0985-24-4181(代表)
http://kenritsu-miyazakibyouin.jp/specialty/psychiatry/