ホタテ由来プラズマローゲンがひらく未来
ホタテ由来プラズマローゲンの学習記憶改善効果―二重盲検試験が終了
人や動物の体内にあり、抗酸化やイオン輸送に重要な役割を果たす、リン脂質の一種であるプラズマローゲン(Pls)。
1995年に、アルツハイマー病(AD)患者の死体脳でPlsが減少していることが報告された。さらに、2007年にAD患者の血清Plsの減少が証明されて以降は、Plsを用いたAD治療法と診断に関する開発を、藤野武彦九大名誉教授が率いる研究チームが世界をリードしてきた。
その最新の研究成果について聞いた。
―今年2月に、新たな研究成果を発表しました。
プラズマローゲン研究の現段階における到達点ともいえる研究報告が、「TheLancet」の姉妹誌である「EBioMedicine」誌電子版に2月24日付でオンラインされました(「EBioMedicine」3月号掲載)。
論文内容は、軽度アルツハイマー病(AD)患者にホタテ由来精製プラズマローゲンサプリメントを経口投与したところ、記憶機能が改善したというものです。
軽度ADと軽度認知障害(MCI)の328人を対象に、24週間にわたって多施設、無作為選択、プラセボ(偽薬)を用いた二重盲検試験を行いました。
この方法は、薬剤の開発においては必須の試験法ですが、疫学的臨床研究としても一番厳しい研究方法です。サプリメントでこのような厳しい研究方法を用いて有効性を証明実施したこと自体が異例と言えるかもしれません。
―どのような改善例が。
ホタテ由来精製プラズマローゲンを1日に1mg経口摂取することで、ADの主症状である学習記憶障害が、軽度ADの女性および77歳以下の群で、プラセボ群に比較して有意に改善しました。MCIでは両群共に改善し、両群間で有意差が見られませんでした。
また、この二重盲検試験とは別に並行して、中等度および重度ADを対象に実施したオープン試験(実薬群のみでプラセボ群を設定していない)では、顕著な効果が見られました。
中等度ADでは認知機能テスト(MMSE)の「著明改善」(30点満点で4点以上)32%、「改善」(2点以上)21%と合計53%に明らかな改善が見られました。重度ADでは、「著明改善」はなく、「改善」が29 %でした。
このような改善は、従来の認知症薬ではあり得ないと思います。さらに興味深いのは、周辺症状(幻覚、抑うつ、妄想、不潔行為など)が高率に消失・改善したことです。そして今回、医師たちが最も感動したのは、多くの患者さんで笑いと気遣い(介護者に対する感謝)が見られるようになったことです。
ADは一般に脳の海馬の異常と記憶障害に目が向けられていますが、家族は周辺症状に最も悩まされています。今回の結果はホタテ由来プラズマローゲンが海馬だけでなく、高次機能を司る大脳前頭前野の働きも改善することを強く示唆しています。
具体例を挙げれば、ある囲碁アマ6段の患者さんが認知症になって初段の方にも負けるようになりました。落ち込んで外出もできなくなっていたのが、プラズマローゲンを服用するようになって2カ月で5段の実力まで戻りました。囲碁という高度知的ゲームで短期間のうちに4段も上がる(戻る)のは記憶力のみではあり得ませんので、脳機能全体が回復・活性化したことは明らかです。
最近、予備研究でうつ病やメタボリック症候群でも血中プラズマローゲン濃度がAD同様に減少していることが分かってきました。すなわち、プラズマローゲンは、ADのみでなく多くの現代病に密接に関連している事が明らかになりつつあります。従って、今後プラズマローゲンの血中濃度測定がとても重要になって来ますが、この点に関しては、最近、レオロジー機能食品研究所が簡便なプラズマローゲン測定法を開発しました。間もなく検査センターで検査開始されますので、一般病院・クリニックでの利用も可能になります。血中プラズマローゲン検査は今後、新たな脳機能(脳疲労)チェックとして日常的に必須の検査となると思われます。
「The Lancet」姉妹誌「EBioMedicine」に掲載された論文(2月24日付)
Efficacy and Blood Plasmalogen Changes by Oral Administration ofPlasmalogen in Patients with Mild Alzheimer's Disease and Mild CognitiveImpairment: A Multicenter, Randomized, Double-blind, Placebo-controlled Trial
軽度アルツハイマー病および軽度認知障害におけるプラズマローゲンの経口投与による効果とプラズマローゲン血中濃度の変化
論文要旨
軽度ADと軽度認知障害(MCI)を対象にホタテ由来Plsの経口投与による認知機能改善効果と血中Plsの変化を検討した。
方法
軽度ADとMCIを対象とした多施設、無作為、二重盲検、プラセボ対照による24週間の研究を行った。参加者の年齢は60~85歳で、ミニメンタルステート検査・日本語版(MMSE-J)20~27点、高齢者用うつ尺度短縮版‐日本版(GDS-S-J)5点以下の328人を登録し、ホタテ由来Pls1mg/日摂取群とプラセボ群に無作為に割り付けた。主要評価項目はMMSE-J、副次評価項目はウェクスラー記憶検査-改訂版(WMS-R)、GDS-S-J、赤血球膜および血漿のホスファチジル・エタノールアミン・プラズマローゲン(PlsPE)濃度とした。
結果
登録された328人のうち276人が試験を終了した(治療群140人、プラセボ群136人)。軽度AD(20≦MMSE-J≦23)とMC(I 24≦MMSE-J≦27)を含む治療意図解析(ITT解析)において、主要評価項目、副次評価項目ともに上昇し、治療群とプラセボ群の群間に有意差は見られなかった。軽度ADでは治療群においてWMS-Rが有意に改善し、両群間で有意に近い差が見られた(p=0.067)。軽度ADのサブグループ解析では、治療群の77歳以下の症例と女性でWMS-Rが有意に改善し、両群間に統計的有意差が見られた(p=0.029、p=0.017)。軽度ADでは、血漿PlsPEがプラセボ群で治療群より有意に低下した。
考察
ホタテ由来精製Plsの経口投与で、軽度ADの記憶機能が改善することを示唆する。