熊本市民病院 院長/熊本市病院事業管理者 髙田 明

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地震をバネに!全職員でより良い病院づくりをめざす

【たかだ・あきら】 熊本県立玉名高校卒業 1980 熊本大学卒業 同医学部脳神経外科教室入局 1988 モントリオール神経研究所リサーチフェロー 2006 熊本市民病院脳神経外科部長 2012 同副院長 2013熊本市病院事業管理者兼熊本市民病院院長

 2016年4月に発生した熊本地震は、熊本県内を中心に、医療施設にも甚大な被害をもたらした。なかでも震源地に近い熊本市民病院は病棟への影響が大きく、16日の本震直後、300人以上いた入院患者を転院させるなど、苦渋の決断を余儀なくされた。

 同年5月、市民病院の移転、新設プロジェクトについて大西一史熊本市長が発表。2019年度の竣工を目指して計画が動き出した。同院の髙田明院長に話を聞いた。

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―地震直後の状況から教えてください。

 前震が起こった14日は、学会に参加するため札幌に出張していました。ホテルに着いて、地震が起こったことをテレビのニュースで知り、慌てて病院スタッフに電話。しかし、電話がしばらくつながらずこの時は本当に不安でした。

 ようやく連絡がつき「病院は大丈夫。救急患者さんも受け入れています」という声を聞き、少し安心しましたが、この夜はほとんど眠れませんでした。

 翌朝一番で帰熊。15日の夕方に病院に戻ると、日頃の訓練通り、災害対策本部を中心に、多くのスタッフが患者対応をしていたのでホッとしました。結局、前震後は300人を超える外来患者と、約60台の救急車を受け入れました。

 その後、院長室のソファで仮眠をとっていたところ、16日午前1時25分、最大震度7の揺れに飛び起きました。

 とにかく、その揺れはすごかったです。室内の棚は倒れ、そのガラスはすべて割れて、本棚の資料も飛び出して散乱、室内はめちゃくちゃになりました。しかし、院長室を含め管理部門が入っている新館は、揺れはしましたが、構造的には大丈夫でした。

 問題は、隣接する南館と北館の二つの病棟でした。特に築37年の南館は耐震構造上の問題もあり、病院建て替えの計画を検討している時期だったのです。

―南館と北館の被害状況は。

 地震直後から、電気、ガス、水道のライフラインがすべて使用できないことが判明。電気は自家発電があったため、1時間で復旧しましたが、建物の状態は厳しく、とりあえず2棟とも、下層階に患者さんを避難させることにしました。

 しかし、その後も余震は続きました。確認後、建物の損壊、ライフラインの状況から、このままでは、患者さんの安全が確保できないと判断。16日午前6時に、312人いた入院患者さん全員を、退院または転院させるという決断をしました。患者さんに対して申し訳ない気持ちもありましたし、われわれにとっても大変つらいことでした。

 これまで、毎年さまざまな訓練をしてきましたが、病院自体がダメになるといった想定はまったくしていませんでした。

 マニュアルもありませんので、混乱もしました。しかし、緊急を要することです。スタッフは、それぞれが迅速に動き、110人には、一時退院していただくようお願いし、約200人の転院先を見つけるため動きました。

 難しかったのはNICUの患者さんです。当院は、熊本市内の周産期医療の拠点でもありますから、人工呼吸器をつけた赤ちゃんもいました。幸い、熊本大学医学部附属病院をはじめ、福岡や鹿児島などの県外の病院が、ドクターヘリも運用しながら対応してくれました。

 おかげで300人を超える患者さんがいたにもかかわらず、午後2時には、すべての患者さんの退院、転院を完了しました。動き出してから8時間後のことでした。多くの病院が快く手を差し伸べてくれ、「何とかします」と受け入れてくれたことを改めて感謝します。そして、日頃からのつながりがいかに大切かということも感じました。

―医療活動はいつごろから再開を。

 18日には、敷地内駐車場にテントを張って、外来の再来患者さんを中心に、薬の処方を再開、28日には新患の外来も再開しました。

 また、当初は、避難所が多数あり、数千人が避難していましたが、当院のある東区を中心に医師や看護師などで、医療救護、口腔ケア、リハビリ、ICT(感染対策)といった巡回チームを結成し、避難所を回りました。さらに当院看護師を24時間・2交替体制で避難所に派遣し、その運営と看護や健康相談などを担ってもらいました。これは避難所がなくなる9月中旬まで続きました。

 また、市の保健医療救護調整本部では当院のスタッフが中心となり災害医療コーディネート活動を行っており、大きな役割を果たしたと思っています。

 多くの職員は自宅が被災しているなかで頑張ってくれたのです。

―現在の状況は。

 直後は被災した建物にあった検査機器が使用できず、精密検査などができなかったのですが、そのことを知った地元の検診センターが検診車を貸してくださったり、複数の会社の協力により災害用のCTスキャンを提供してくださったりして何とか対応できました。

 現在は34の診療科のうち、27の診療科で外来を再開しています。しかし、震災前1日700人〜800人が受診されていた外来患者数はその40%程度に留まっています。入院を受け入れられないというのが影響しました。

 大学と相談し、臨床研修医や専修医を含む多くの異動があり、医師の数も、震災前は120人を超す医師が、現在50人を切っている状況です。

 また、現在入院がわずかしかありませんので、看護師をはじめメディカルスタッフは経験を積むことができません。彼らの医療技術を維持するために7月からは「研修派遣」として、熊本県内をはじめ、福岡、長崎、遠くは沖縄など33の病院に200人程度を受け入れてもらっています。慣れない土地で、みんな一生懸命頑張ってくれていますよ。

 派遣後は、彼らの就労環境やメンタル面をサポートするため、レポートを提出してもらったり、私も派遣先の病院を訪問し、時には職員と食事をしたりして激励しています。訪問先では、私の顔を見て涙ぐむ職員もいて、この訪問活動を通じて、少しでも多くの職員を見守っていきたいと思っています。

―東区内に新病院を建設する計画が発表されました。

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 地震後、5月に入って専門家による綿密な調査を行ったところ、残念ながら同等の地震に対応することは難しいとわかりました。その時は、みんな虚脱状態で、一体どうなるんだという不安でいっぱいでした。

 5月中旬に「市民病院を移転再建します」と市長が発表しましたので、本当にうれしかったです。計画では2019年度中の竣工をめざします。

 また、12月末からは新館でNICUの病棟14床が再開。1月には同じく新館5階で一般病床10床も再開し、はずみがつきました。

 「地震がこんなに人生を変えるものか」などと落ち込んだ時期もありましたが、今は前に進もうという気持ちになり始めています。

 各地で働く職員も「派遣先の病院はこんな先進的な取り組みをしていますよ」「新病院に戻ったら、新たにこんなことをやりたい」などの提案を出してくれるまでになりました。

 熊本市民のみなさんにも「良い病院になったね」と言っていただけるような素晴らしい病院にしたいと思っています。

熊本市立熊本市民病院
熊本市東区湖東1-1-60
TEL:096-365-1711
http://www.cityhosp-kumamoto.jp


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