熊本大学医学部附属病院  救急・総合診療部 笠岡俊志 教授

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熊本地震から120日 見えてきた医療面の課題

山口県立下関西高校卒業 1986 山口大学医学部医学科卒業 同附属病院第2内科医員(研修医) 1991 同大学院医学研究科博士課程修了、学位取得(医学博士) 2007 山口大学大学院医学系研究科救急・生体侵襲制御医学准教授 2012 熊本大学医学部附属病院救急・総合診療部教授

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◎病院避難が発生

 山口大学にいた時から災害医療に携わっており、東日本大震災など被災地での活動も経験しましたが、自分が被災して、さらに災害の専門家として対応するのは今回が初めてでした。

 4月14日の午後9時26分に起きた最初の地震の時、熊大病院は昨年改定した災害対応マニュアルに沿って約30分後に災害対策本部を設置しました。災害時にまず確認しなければならないのは、病院建物が被災していないかということと、患者さんを避難させる必要があるかということで、今回の地震ではその必要がないと判断されました。

 これは、病院の主要な建物が免震構造だったことが関係していると思います。入院患者さんがいる棟は免震建物で揺れをほとんど感じませんでしたし、中央診療棟には救急外来も入っていますので、電気や水などのライフラインを確保して被災患者の受け入れが可能になりました。

 すぐにトリアージする場所を決め、重症患者さんをみる赤いエリア、中等症をみる黄色エリア、軽症の緑エリアを設定し、それぞれの部門の責任者を決めて受け入れを待ちました。

 最初の揺れでは外傷を中心に数十人の患者さんを受け入れましたが、心臓発作を起こした患者さんもいて、緊急で心臓の検査・治療もありました。

 同16日午前1時半ごろの2回目の大きな揺れの後は、患者さんがかなり増えました。発災から4月下旬までで救急車を約200台受け入れ、救急患者を約600人受け入れています。

 16日の「本震」のあとは、他の病院からの入院患者さんも受け入れました。とくに熊本市民病院が倒壊する危険があったため、300人の入院患者さんのうち入院継続が必要だった患者さん84人を熊大病院で受け入れています。

 災害における病院避難という課題は東日本大震災で大きくクローズアップされました。今回の地震でも、複数の病院で患者さんを移動させる必要に迫られました。建物の被害が最大の原因ですが、病院のライフラインの維持などを含めて、今後も検討が必要だと思います。

◎対策本部での12時間

 4月16日は県の災害医療コーディネーターとして、県庁に設置された災害対策本部に入りました。災害医療コーディネーターは最初の揺れから12時間交代で本部に詰めており、医療関係の調整本部長を務めました。

 DMATの受け入れ調整や被災現場からあがってくるさまざまな要請をスタッフと協議しながら割り振っていくのですが、たとえば、阿蘇立野病院の院長から「入院患者を逃がす必要があるが、道路が陥没して通れない。大至急、対応してほしい」という要請がありました。救急車も派遣できず、ヘリを降ろすスペースもない状況でしたが、軽自動車が通れるほどの細い道を使って大型車両が通れる場所まで患者さんを運んでもらい、なんとか対応しました。重篤な患者さんがいなかったのが不幸中の幸いでした。

 ほかには、水が出なくなった透析病院のために県外の医療機関にもお願いして透析患者さんを受け入れてもらうなどしました。

 九州で初めて設置された熊本県の災害医療コーディネーターは、2013年に9人でスタートし、現在は15人まで増えています。しかし、これまで災害現場で調整本部に詰めた経験のある方はほとんどいませんでした。私も災害現場での活動経験こそあるものの連絡調整役につくのは初めてです。だから、定期的に訓練を受けていた経験は本当に貴重でした。

 DMATも同じですが、任命を受けるだけでは何もできません。毎年訓練に参加してレベルを維持し、さらにレベルアップを図らなければなりません。もちろん訓練どおりにはいかないのですが、なんとなくでもイメージできることは大きい。そのことを今回は痛感しました。

 災害への備えということでは、災害医療コーディネーターを置いていたことがいまになって評価されていますし、全国からDMATが被災地に入り、災害拠点病院が機能を発揮して広域災害救急医療情報システム(EMIS)も活用されました。そういった日ごろの準備がなければ被害はもっと広がっていたでしょう。

 今回の地震では、直接的な影響で55人の方が亡くなられましたが、救急でいうところのプリベンタブルデス(Preventable Death)、いわゆる「防ぎ得た死亡」はほとんどなかったと思います。

◎見えてきた課題

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県の災害対策本部。2回目の震度7が起きてから18 時間後、4月16 日午後7時ごろの様子
(写真提供:笠岡教授)

 災害における急性期の医療活動は最初の48時間が勝負で、DMATは1週間ほどで撤収します。

その後、JMAT(日本医師会災害医療チーム )や日赤の救護チームが避難所のケアにあたっていましたが、県の調整本部の活動も6月1日に終了しました。

 現在、避難者については各医療圏の担当保健所が医療面をサポートしていますが、県でも定期的に情報収集して対策会議を開いています。

 今回の地震では、災害医療に関するさまざまな課題が見えてきました。まず強く感じたのは、災害時にすぐに動かなければいけない職種、たとえば病院、警察、消防などの建物は免震構造にすべきだということです。

 熊大病院のいくつかの建物は耐震構造ですが、かべのひび割れや水漏れなどの被害が発生し、復旧作業が必要でした。

 一方、免震構造建物にある私の部屋はほとんど影響を受けませんでしたし、阿蘇医療センターも病院長の先見の明があって免震構造を採用していたため、周囲がひどい被害を受けたのに病院機能を維持できました。

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 あとは、被災時の重症者をどこが担当するかも課題です。軽傷者の対応はどこでも可能ですが、重傷者は3次救急医療機関や救命救急センターに集約することになります。しかし、熊本県はそういった施設が熊本市内に集中しているので、離れた八代市や水俣市で災害が起きた時にどうするのかが問題になります。

 そこで改めて見直されているのが、今回の災害でも投入されたヘリコプターの存在です。県では2012年からドクターヘリを導入していますが、この「飛び道具」は重症患者さんの搬送に大活躍しました。

 今回はドクターヘリだけでなく、消防ヘリや自衛隊、海上保安庁のヘリにもご協力いただきましたので、運用調整には苦労しました。

 自衛隊や消防のヘリは管轄が違いますが、把握しているだけでも、14機のドクターヘリで76人の患者さんを搬送しています。県内の鉄道や道路、空港が被災して陸の孤島状態になったことで、ますます災害時のヘリの有効性が証明できたのではないでしょうか。

 最後に、九州の国立大学のうち救命救急センターの指定を受けていないのは熊本大学だけなんですね。今回の地震を契機として、大学として災害医療に対応できる優秀な救急医を育てていきたいと思います。

熊本大学医学部附属病院
熊本市中央区本荘1丁目1番1号
TEL:096-344-2111(代表)
http://www.kuh.kumamoto-u.ac.jp/

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