九州大学病院別府病院 病院長 教授 外科診療科長|文部科学省研究振興局 学術研究助成課 学術調査官 三森功士
◆平成16 年度日本癌学会研究奨励賞授賞
◆平成18 年度文部科学大臣表彰若手科学者賞授賞
◆平成23 年度日本医師会研究奨励賞授賞 ほか
昭和6年、勅令第266号をもって、温泉治療学研究所が九州帝国大学に附置された。この附属病院が、九州大学病院別府病院の始まりである。現在も温研の通称で別府市民に親しまれており、温泉に関する研究は続いている。昨年11月、三森院長の案で、別府市医師会、別府市と共同し、65歳以上の別府市民2万人を対象にアンケート調査を行なった。同院の循環・呼吸・老年病内科の前田豊樹准教授は、5月に別府市で行われた第78回日本温泉気候物理医学会総会・学術集会で「毎日温泉に入浴すると、虚血性心疾患や脳卒中の予防につながる可能性がある」という分析を発表した。三森院長は「末梢血流の増加につながるようであるし、将来抗癌剤と温泉を併用する可能性も」と考えている。
前病院長で内科の牧野直樹教授が退官され、九大の名誉教授になられました。その後任といたしまして、はなはだ若輩ではございますが、病院長を拝命しました。内科診療科長には、6月から堀内孝彦教授が就任されました。診療科目は内科・外科・整形外科・放射線科・麻酔科と5つありますが、教授は我々2人だけですので、力を合わせて病院を運営していきます。
病院運営で一番重要なことは、地道な診療だと考えています。事故がないように細心の注意をはらっていますが、しかしそれだけで躍進はできません。いくつかプラン有り、というところです。
「溢れる情熱は別府地獄より熱く、黙っていても人が集まる別府温泉のような病院」を目指していきます。
現在の当院は、九大病院の分院という位置づけで、当院と馬出の本院、歯学部附属病院の三位一体で九大病院です。本院と同じく、当院にももちろん優秀な医師は揃っています。外科の分野で言いますと、呼吸器と血管外科、肝移植以外は全部ここでやります。特別に悪い方や、当院にない科の受診が必要な方には、当院を窓口として本院を紹介する連携の仕組みがあります。困難な疾患に対し諦めない診療をする、というのが当院の売りです。難治を理由に笑顔を諦めていた人が少しでも取り戻せるようにしたいですね。
私自身、今も手術と外来に入っています。病棟にも気持ちはあるんですが、馬出に行ったり、併任している文科省の仕事で上京したりと、出張が多くて患者さんに悪いので諦めています。外科スタッフは優秀ですから、安心して病棟を任せられるのも大きいですね。
写真上=「九州大学生体防御医学研究所」と書かれた道路標識。昭和57年から平成15年まで間は、九大病院
のブランチではなく、九大生医研の附属病院だった。
写真中=研究・実験も盛んだ。写真は動物の慰霊碑。
写真下=かつては院内に九州電気軌道の病棟があった。九州電気軌道は西日本鉄道株式会社の前身。
私も第二外科ですが、第二外科から杉町圭史診療准教授という凄く優秀な医師が来てくれています。久留米大学の外科から主藤朝也先生、大分大学第一外科から江口英利先生と、この二人も凄腕です。
そして6月に入り、鹿児島の夏越教授(本紙583号に特集記事)の教室から新田吉陽先生が来てくれました。乳腺外科の先生です。現在外科は、この5人態勢で頑張っています。助けられているので院長としての仕事もやりやすく、日々感謝しています。私も彼らに対し、私の恩師である阪大の森正樹教授や、九大第二外科の前原喜彦教授(本紙575号に特集記事)からいただいた薫陶をしっかりと伝えて参りたいと思います。
大分医科大学の出身です。北九州市門司区の生まれですが、18からともう大分が長いので、福岡県民ではなく、断然大分県民という意識が強くあります。私の血肉を作っているのはメイドイン大分で間違いないですよ。「心も体も大分の為に」と思っています。
産業医科大学の内科に勤務する従兄弟を見て、医師を志しました。共通一次の3日前に気胸を患い、ドレナージの管を胸壁に挿したまま、受験したんですよ。高校時代は生徒会役員でした。
下宿の先輩に誘われ、大学に入ってバドミントンを始めまして、一生懸命がんばりました。しかし今はやっていません。
別府市内の体育館にバドミントンの道場破りに行った際、左のアキレス腱を切ってしまいました。当院にまだ整形外科がなかったころで、全く見ず知らずの人々に救急車を呼んでもらい、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。現在運動は週に一回、ゆっくりとジョギングするくらいです。