糸島医師会病院院長 冨田昌良
【PROFILE】
1984 福岡大学医学部卒業
1991~93 ユタ大学血液腫瘍学留学
1994~1998 福岡大学第一外科助手・講師
1999 糸島医師会病院副院長・外科部長
2007から同院長
2000から福岡大学病院臨床教授
明治40年に発足した糸島医師会を母体とする糸島医師会病院は、一般病床150床の開放型病院、地域医療支援病院として、開業医、勤務医の先生方をバックアップする役割があります。
糸島地域は福岡のベッドタウン化して人口動態も安定し、人口減少による患者減少もありません。老齢化率は19・3㌫で、福岡市内とさほど変わらりませんが、消化器外科、内科一般を診ていることから必然的に患者の年齢層は高くなっています。糸島市には公的病院が無いこともあり、市民病院的な役割を果たしており、およそ10万の住民の健康を担っています。
特徴の1つに緩和ケア病棟があります。この病院に来て14年目ですが、当初から必要性は感じていたので、院長になってから設置し、4年が経ち
ました。福岡近郊で緩和ケア医療に関わる医師に知己が多くおり、運営面や研修の協力をもらえたことは助かりました。
私は消化器外科の専門医なので、当院でターミナル医療に直面するたびに、看取りの機能が弱いと思っていました。医師が手術を一生懸命して、看護師が手当をして、外来に通院して、もしも再発したら普通の一般病院で十分なケアも無く亡くなるという医療の現状は好ましくはありません。精神的フォローを含めた最後まで、患者をケアするのが先発完投型の医療なのです。
私たちは地域で先発から完投まで、診断、治療からターミナルまでできる病院を目指しています。
職員とのコミュニケーションは大切です。
以前は公的病院の性格が強かったため患者サービスや経営の効率性が見過ごされ、住民が望む病院とは若干のずれがありました。患者さんには来て良かったと思える病院に、職員にはプライドの持てる病院にしようと、改革を始めました。
医療職は患者さんにやさしく接しろと教育されますが、自分が楽しくないのに、やさしくできるはずがありません。苦しく辛いだけの汗を流しながらニコニコしろなんて、それはうそです。
毎年取っている全職員のアンケートでも変化を実感しています。初めのころは辛辣な意見もあったのですが、それに対して、ヘッド三役である院長、看護部長、事務部長が一人一人の職員に返事をしていく。手間だけど、それが職員の連携につながる。毎月の病院便りに載せている患者アンケートも、以前は批判的な意見も多かったのですが、最近は謝辞が増えたと実感しています。
昨年管理棟を増築したのは、医療職を疲弊させないためと、医師不足解消のために医師を招くことがねらいです。
これまでは医療従事者の自己犠牲の上に医療が成り立って来ました。休みや睡眠が取れないのに、患者さんにやさしくしろと言われ続け、いわば精神論でやって来たので、医療崩壊が進んでいるのではないでしょうか。職員の満足があって初めて他者である患者の満足があり、ひいては病院全体の満足があるはずです。
セミナーカンファレンスとして院内番組を作って職員教育をしています。ある1人の患者さんの入院してから退院するまでをテキスト化して、治療、ケア、支払いまで一連のプロセスを全職員が学び、番組として院内閲覧できるようにする試みです。
胆石で入院なら、まずどのような病気なのかを医師が説明し、看護師は具体的な看護内容を、薬剤師は薬を出すまで、事務方は支払いまで、各々が素人にわかるように説明するのです。私は専門外だから知らないではなく、一定程度知っておくべきことは多いです。
またサンクスカードを作って全職員に渡しています。これは職員同士が感謝の証として渡すもの
で、売店でジュースやアイスクリームに交換できます。小さな試みですが、実際にデータを取ると、職種間での連携の状況がわかります。医師は、渡すことは多いがもらうことは少ない。看護部は渡すのも、もらうのも多い。コメディカルは両方において少ない。事務部は他職種と絡むので、もらうことが多い。以上のように院内で足りない点を見つけ、連携を図るための試みは沢山しています。
副院長として経営に関わった5年間の経験を生かし、「こうすれば良いのでないか」という思いで、先発完投型、地域完結型の病院を目指して、緩和ケア病棟、リハビリ部門の新設、病院内の制度改革、建物の増改築などの改革を行なってきました。
厳しい医療状況の昨今ですが、アメニティの充実を一つの目玉として、医師を招聘するための管理棟の増築が必要だと訴えました。糸島医師会の進藤憲文前会長、菊池正統現会長、そして会員の先生たちの理解と協力があったからこそ、今回の
増改築やさまざまな試みができたと思います。
このままでは、病院は衰退し、廃止の可能性も出てくる。糸島の医療レベル向上のためにはリスクを避けて通れない。積極的な打開策を講じていこうと先生方から励まされたことはプレッシャーでしたが、応えねばならないという思いでやってきました。これからも医師会の先生方の期待に応え、そして患者さんに最適の医療を提供できるように邁進したいと思います。
趣味は家内と日曜日にランチを食べに出かけたり、録画したドラマを見ることです。ドラマを見ていると、若い職員と話が合うんですよ。コミュニケーションにもなっています。
スポーツは、大学までやっていたバレーボール。アメリカのユタ州ソルトレイクシティに留学していたので、スキーが好きですね。一時期は北海道、新潟まで足を伸ばしました。それと、医師会病院で草野球チームを作って、福岡ドームで試合もしました。先発ピッチャーをしましたが、こちらは先発完投とはいきませんでしたね(笑)。