みんなに求めたのは「考えること」

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福岡大学病院 病院長 山下裕一

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山下 裕一(やました ゆういち)
福岡大学病院長、福岡大学医学部消化器外科教授
久留米大学医学部卒業後、1984 年 デンマーク王立病院政府給費留学生。
1994 年 福岡大学( 医学部)助教授、2003 年 福岡大学( 福岡大学病院) 教授などを経て、現在に至る。

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取材が5分遅れではじまったのは、直前まで手術に携わっていたためである。毎週2回ずつの回診と外来、手術も月曜から金曜まで毎日あって多忙をきわめる。消化器外科の教授として教鞭も取り、病院経営の先頭にも立っている。それをこなす着目点について話してもらった。

第一線の医者として、教授として、そして院長として見えていること

消化器外科の教授が主たる肩書きで、病院長は兼務としての立場です。当院の病床数は915病床、診療科の数は27科ですが、消化器の病床数が全病床の約1割を背負っています。キャパシティが大きくなったために広い視野で目を配ることができるようになり、その経緯を経て病院長になれてよかったと思います。

その経験から、若い人にも、自分の視線より少し上を見なさいと伝えています。前屈みの人には背中をたたいて「水平線より上を見て、ものを考えて歩きなさい」と。最初は手が届かないと思っていても、やがてみんな乗り越えていきます。

経営としては、診療科によってプラスもマイナスもありますが、医療ですからマイナスでも残さなければなりません。そこで、病院長の初年度で全体をプラマイゼロにし、次年度にトータルでの黒字化を図ろうと思います。

かけ声は「九州一の診療をして九州一の病院となり、日本有数の病院になろう」です。良い診療をしていれば患者は自ずと集まり、効率を良くすれば結果として収益も上がるはずです。

ポテンシャルの高さを信じて

当院の基本理念「あたたかい医療」は不変です。医療レベルが高くなければ患者は来ません。そのために医師、看護師、医療技術職、事務職のレベルアップを図っています。それぞれの管理職と共に院長室で昼食を食べ、その際に3つの改善案を提出してもらうやり方です。これが最初はむつかしく、錆び付いた歯車がギシギシ音を立てているようでしたが、動き始めるとあとはスムースです。元来ポテンシャルの高い人たちですから、一度考えだしたら次々にアイデアが出てくるようです。

私の手法に納得できない部門には、若手も含めて全員を集め、部門長との議論を全部見てもらいました。部門長は若い人を守ろうしただけで、方向性は同じだったのです。

説得する気は私に少しもなく、あくまでも自分たちで考えてもらうことを期待しています。

その後は他の病院と比較して当院を知るという論法をとりました。ライバルがいれば競争心が湧きますから。

その一例として、福大経済学部の大学院生が、患者の会計の待ち時間を同規模の病院と比較して、2倍近くかかっていると発表しました。そのデータを職員千数百人の前に出した結果、待ち時間はその病院より短くなりました。これは現場が本気でムダを省いたからです。私からの指示は一切ないのに、今は流れるように進んでいます。

当院は部門別独立採算制で、ある診療科が赤字か黒字かの責任は医師だけのものでした。そこで今年の4月から、病棟別収支の公表を始めました。病棟別の経営数字は、医師、看護師、事務の総合力ですから、責任にも一体感が出てくる。指示はしなくとも、見せるだけで十分なのです。

病院の品質を高め、充実させるには、すべての職種が自分の頭で考えて腕を磨かねばなりません。だから考えない人には、「なぜ考えないんだ」と文句を言いに行くのも私の仕事です(笑)。これも全職員にプライドがあり、本質的に仕事ができる人たちだという尊敬の念があるからです。

リスクの全責任を負う

私は8年間、医療安全管理部長や補佐として医療事故やクレームについて矢面で交渉してきました。どんな人間でも必ず間違いを起こすという前提で、責任は私が引き受けるから思う存分仕事をしてくれと言う姿勢です。

医療トラブルが起きた場合、患者の家族は医師に苦情を言いますが、ある段階からストップをかけ、「医師や看護師らは、患者のことを想う家族と同じ。医療者は仲間だと思ってほしい。文句は私たちに言ってくれ」と伝えると、現場は苦情からは解放されます。仕事だけに専念してもらい、ストレスはすべてこちらが受け持つわけです。

医師になったきっかけ

父が内科医だったことが大きな理由ですが、外科と内科の選択を医学部6年の時に悩みました。学生時代は中長距離選手としてインカレにも出場し、取り柄は体力と粘り強さでしたから、結局、外科を選びました。外科なら、どんなに叱られても、どんなに夜中の勤務でも、取り柄の粘り強さが活かせますから。

若い外科医に望むこと

私の座右の銘に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に従う」という言葉があります。経験の積み重ねだけで一人前になったつもりの外科医がいますが、経験にないことが起きた時、コツコツ勉強してきた人は、経験に知識を加えて理論で考えることができます。

治療の過程で分からなかったことは、納得するまで本を読んで理論を身につけ、出くわしたことのない病気でも理論的に解決できる外科医になってもらいたいと思います。

趣味は体を動かすほかに、少し前までは古い自動車のレストア、今はステレオアンプの設計図を書いて半田付けしてます。アンプは家にゴロゴロしてますよ。でも、音は私だけしか聞いてません、家族の評価を聞くのが恐ろしくて(笑)。


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