九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

専門外来を立ち上げ遺伝性乳がんの検査、予防を

京都府立医科大学大学院 医学研究科 外科学教室 内分泌・乳腺外科学部門田口 哲也 教授(たぐち・てつや)1982年信州大学医学部卒業。大阪大学大学院乳腺・内分泌外科、京都府立医科大学附属病院内分泌・乳腺外科教授・部長などを経て、2015年から現職。  遺伝性の乳がんや卵巣がんの患者が、がんのない乳房などを予防的に切除する手術が2020年4月から保険適用となる。京都府立医科大学附属病院では内分泌・乳腺外科内に遺伝専門外来を開設。立ち上げから携わってきた田口哲也教授に、現状と課題を聞いた。 ―2018年に遺伝専門外来を開設した経緯は。  遺伝性乳がん卵巣がん症候群(以下HBOC)に私が初めて深く携わったのは、20年近く前のことです。当時「乳がん診療ガイドライン」づくりが始まり、HBOCの原因遺伝子についての執筆を初版から第3版まで担当しました。また、当時在籍していた大阪大学乳腺・内分泌外科では113の家系を対象に、日本人のHBOC研究を行っており、私も携わっていました。 その後、京都府立医科大学附属病院に教授として着任した際、「乳腺外科も遺伝専門外来の準備を」と声が掛かり、再び取り組むことになったのです。京都府立医科大学附属病院には遺伝子診療部はありましたが、専門外来の立ち上げとなると、簡単にはいきません。遺伝子情報を扱うためプライバシーの問題、また保険のことなど協議事項は多く、3年半を要しました。 ―遺伝性乳がんの検査や治療、適切な予防とは。  HBOCの高頻度な原因は、BRCA1とBRCA2の遺伝子変異です。この遺伝子変異は、50%の割合で親から子へ、性別に関係なく遺伝することが分かっています。 乳がん患者全体のうち、HBOCの方の割合は数パーセントですが、2019年度の乳がん罹患(りかん)者予測は9万人以上となっており、決して見過ごせません。 遺伝子検査は、長らく保険適用外でした。しかし、乳がん・卵巣がんの再発患者のうち、BRCA遺伝子に変異のある方に非常に有効なPARP阻害薬のオラパリブ(商品名:リムパーザ)が2018年に保険適用になったことから、再発の場合は遺伝子検査も保険適用となりました。これにより検査、乳房・卵巣の予防的切除を希望する方が、日本でも急に増加しました。 発症前の遺伝子検査は自費ですが、特に再発された方やそのご家族を中心に、受診希望者は増えています。遺伝子そのものの治療法はまだありません。陽性の場合の乳がんの予防は、まずはMRIを受け、病変があった場合の切除が推奨されています。 初期で発見して切除した場合と、乳がんの病変が無い時に予防的切除をした場合では生命予後は変わらないとされています。ただし、20代以降は半年に一度の検査が必要です。 片方の乳房に病変が認められた場合、反対側の予防的切除は生命予後が延びるという欧米のデータがあります。予防的切除に関してはまだ保険適用ではありません。そのため、混合診療となり、一度に手術ができないなどの課題もあります。 ―予防はまず、遺伝子検査を行うことから。  遺伝子検査は、「陽性かもしれない」という心理的なリスクがあり、検査そのものをためらう方もいます。しかし、適切な予防のためにも、遺伝カウンセラーとも協力しながら、まずは広く正しい知識を持ってもらいたいですね。 罹患しても、乳がんの治療成績は、早期の場合には飛躍的に向上しています。それにもかかわらず、検査や治療を行わずに悪化しているケースが日本ではまだ多く、非常にもどかしく感じています。 まずは正しい知識を身に付けてほしい。京都の「ピンクリボン運動」の実行委員長として約10年間活動していますが、啓発活動の難しさをずっと痛感しています。国としての根本的な解決策も待たれますが、まずは同じ志の仲間を増やしながら、「正しく知れば恐れることはない」と訴え続けていきたいと思っています。 京都府立医科大学大学院 医学研究科外科学教室 内分泌・乳腺外科学部門京都市上京区河原町通広小路上る梶井町465☎075―251―5111(代表)https://www.kpumbreast.com/

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心が通い合う病院であるために

社会医療法人社団光仁会 総合守谷第一病院遠藤 優枝 病院長(えんどう・まさえ)1988年筑波大学医学専門学群卒業。筑波メディカルセンター、筑波記念病院、総合守谷第一病院副院長などを経て、2019年から現職。  地域の医療を担う中核病院である総合守谷第一病院。守谷市のみならず坂東市、つくばみらい市からの患者も多い。2019年、同病院としては初となる女性院長が誕生した。「患者さんと心の通い合う診療を目指したい」と話す遠藤優枝病院長に、これまでのあゆみと今後の展望を聞いた。 循環器内科医として生きる  総合守谷第一病院に勤務して26年。「月日のたつのはあっという間ですね」と笑う。7月に就任以来、病院長業務の傍ら、循環器内科医として診療にも従事する。医師を志したのは、大学受験を目前に控えた時期だった。 「将来は、学校の先生か会計士になりたいと思っていました。ところが高校3年生の夏、友人に〝触発〟されて医学部を受験しようと決意。大きく方向転換しました」。結果は、見事に合格。筑波大学に進学することになり、周囲の人を驚かせた。 卒業後、循環器内科を選択したのは診断から治療まで、スピード感を持って行えると感じたからだ。 「心臓の疾患は決着がつくのが早い。自分の判断が治療に即結びつくことに、やりがいを感じました」。医師になってからは、目の前の患者さんにひたすら向き合い続けた。 病院長就任を打診されたのは2018年のこと。「話を聞いた時はまさか私が、という感じでした。しかし、この病院での26年という長い勤務の中で培われた経験を病院経営に生かせるのなら、とお受けすることにしました」 「働きたい」と思える病院づくりを  病院長として学会や会議などに飛び回る日が続いているが、院内に目を向けてみて改めて気づいたことがあった。「医師、看護師のみならず、多くのスタッフが、あらゆる研修に参加し、スキルアップを図ってくれている。意外と気づいていない部分でした」 スタッフたちの思いに応えるために、目に見える形で評価制度をつくりたいと、さまざまな取り組みに着手。「現場で困っていることはないか」と、自らがヒアリングする機会を数多く設け、業務改善のスピードアップに努めた。 就任後すぐとなる2019年8月には、接遇の良いスタッフに対して、患者さんが「サンクスカード」を贈る仕組みを整えた。サンクスカードを入れる箱を設置し、投稿があったら該当スタッフに知らせる。スタッフのやる気アップにつながった。 「看護師の業務内容の削減整理、人員確保は早急に対応したいのですが、これらの解決には時間がかかります。そのため、日常的にモチベーションが上がる仕組みが必要だと考えたのです。制度を整え、ここで働いて良かった、楽しいと思える病院にしていきたいと思っています」 型にはまらず患者の〝幸せ〟探す  訪問診療は2017年10月に稼働を開始した。今後さらに充実させていく予定だ。 「訪問診療の利用者の数は少しずつ増えています。私たちの理念は、患者さんに安心して治療を受けていただくこと。患者さんが望んだ形で、穏やかな生活を送れるよう、お手伝いをしていきたい。そのためには、どのような治療が必要なのか。総合的に判断し、常に寄り添いながら患者さんとその家族の方を支えていきたいと思っています」 高齢の患者さんに対しては、自宅への復帰だけでなく、福祉施設へバトンタッチすることも多い。少しでも患者家族の負担を少なくするための体制づくりも充実させていく方針だ。 「重要なのは、従来通りの型にはまった診療ではありません。それぞれの患者さんにとって異なる、幸せの形を探していきます」。患者にも、働くスタッフにも寄り添いながら、心の通い合う病院運営を目指す。 社会医療法人社団光仁会 総合守谷第一病院 茨城県守谷市松前台1―17 ☎0297―45―5111(代表) https://www.moriya.daiichi.or.jp/

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グループ病院の機能を統合 地域に貢献する医療を

社会医療法人鴻仁会 岡山中央病院岡山市北区伊島北町6―3 ☎086―252―3221(代表)https://www.kohjin.ne.jp/hospital/central/central.html  社会医療法人鴻仁会岡山中央奉還町病院の機能が、2020年11月、同法人グループの岡山中央病院へ移転・統合される。リニューアルする岡山中央病院東館(仮称)を含む病院の全体像について、社会医療法人鴻仁会の執行責任者であり、岡山中央病院院長の金重総一郎氏に話を聞いた。 ◎産科をワンフロアに透析室や回復期を充実 現在の岡山中央病院  2020年11月の稼働を目指す岡山中央病院東館は、産科と回復期リハビリテーションの病棟、透析室、そして通所リハビリテーションを備える計画。建物全体のコンセプトは「患者さんに快適に過ごしてもらうこと」だ。 産科は、岡山中央奉還町病院のルーツでもある。その歴史を引き継ぎ、東館の2階は、全フロアを産科病棟とした。24の病床のうち、つわりの患者用の2人部屋1室以外は、全て30平方㍍ほどの個室となっている。 小さな子どもがいる患者が家族と一緒に過ごすことができる畳の部屋も用意。食事は、ホテル勤務経験があるシェフによる特別食を提供するという。 デイルームは大きな窓のあるスペースで、女性たちのコミュニケーションの場となるよう設計した。「ここで過ごす時間が特別な思い出になるように」との趣旨でつくられている。 本館3階の手術室にもアクセスしやすく、さらに緊急度が高い場合は、病棟がある東館内でも手術を行うことができるように考えられている。 3階の透析室は、岡山中央奉還町病院の透析用ベッド75床を引き継ぐ。スタッフ側からは患者全員の透析ベッドが見えるが、個々のベッドには仕切りを設け、プライバシーを確保した。金重院長も「透析に週3回通い、毎回透析室で4時間過ごす患者さんにとって、透析は生活の一部です。その時間を有意義に過ごしてもらえれば」と語る。 4・5階は急速に需要が高まる回復期リハビリテーション病棟になっており、これまでの66床から70床へと増やす予定だ。通所リハビリテーションにおいても、高齢者が多い患者のニーズに応え、送迎バス運行を検討している。 ◎本館内西側に救急スペースを移動  今回の機能移転を機に、救急患者の受け入れスペースや体制についても見直した。救急科は、本館内西側へと場所を移し、軽症から重症まで迅速に診療できる総合診療科を新設する計画となっている。 2020年2月から救急車が入れるように、すでに工事が進行中だ。急性期病院が数多くある地域の中で、2次救急医療機関としての役割を再度認識し、高齢化する地域社会に対応できるよう備えるねらいがある。 ◎地域に貢献するために 金重総一郎院長  「手術以外の医療行為がAIに取って代わる時代はそんなに遠くなく訪れます」と金重院長。 「医師の役割は、患者さんが納得するまできちんとした説明をすること。若手にもそのスキルを身に付けるように伝えています」と語る。医療提供の質を高めるために必要なコミュニケーションを取ることができる教育を意識的に行っている。 さらに県北地域など人口が減少し、高齢化が顕著な地域に、いかに医療を届けるかという課題が残る。救急センターの機能拡大、リハビリのための送迎のみならず、健康寿命を延ばすために特色ある取り組みを行っていくつもりだ。 既存のMRIを活用した無痛で服を脱ぐ必要のない乳がん検診や、閉経後の女性に起こることが増えている「骨盤臓器脱」を主に診る女性医師による女性泌尿器科…。病気予防の啓発では多職種がチームになり、講演などを開催する。 「今後は、地域の診療所と協力した医療提供体制の構築や、高齢者でも使いやすい端末を活用した遠隔診療、遠隔リハビリの導入についても、推し進めていきたいですね」

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診療役割分担で地域医療の効率化を

医療法人社団東山会 調布東山病院小川 聡子 理事長(おがわ・としこ)1993年東京慈恵会医科大学医学部卒業。同大学循環器内科医員、医療法人社団東山会調布東山病院内科医師などを経て、2009年から現職。循環器専門医。  調布東山病院は地域医療を担う急性期病院だ。救急医療と在宅医療に注力し、この地域を支えている。常に念頭にあるのは患者が「その人らしく」いられるようにすること。質の高い医療の提供を目指す小川聡子理事長に話を聞いた。 ─病院の特色や強みは。  「生活支援型急性期病院」として、救急医療や質の高い総合診療だけでなく、介護と一体となった地域包括的なサービスを提供しています。 病院の機能分化が進み、急性期治療が終われば、リハビリや退院支援はその次の施設で、というように、患者さん側の意向とは関係なく、医療提供者側の都合で患者さんが病院を移動せざるを得ないことに違和感を感じていました。 患者さんを診るということは、その人の人生の経過の一時期に関わるということです。この意識を持ち、患者さんの退院後の生活を想像して治療計画を立て、多職種で治療に取り組むのは意外と難しいことです。これがわれわれにとって当たり前になるように、日々努力しています。 当院は30年ほど前から、在宅医療に取り組んできました。当初に比べると高齢化が進み、在宅医療の重要性が増しています。地域で在宅医療を根付かせるためには、小さな診療所でも在宅医療を行う必要性があると感じています。 しかし、医師1人の診療所で在宅医療を始めるには、ある程度の勇気が必要です。学会期間や休暇中の訪問診療はどうするか、夜間にも起こりうる患者さんの変調に対応できるのか、不安だからです。そこで当院は在宅医療専門のチームをつくり、急な呼び出しなどは私たちが引き受けられるようになろうと考えています。患者さんからすれば、ずっと同じ先生が診てくれる安心感は大きいでしょう。 私もそうでしたが、在宅医療を経験すると入院患者さんに対する治療マネジメントが変わります。これは医師、患者さん、どちらにとっても大きな意味があると思います。 とは言え在宅医療は大変です。患者さんもご家族もご自宅に踏み込まれることをためらわれます。患者さん本人と家族の意向が異なる場合はどういう環境を整えたらご本人の願いをかなえられるのかなどを入院中にチームで考え、患者さんがこの地域で自分らしく生きられるようサポートしています。 ─貴院を取り巻く地域の現状や地域連携について。  調布市(人口約23万人)の高齢化率はおよそ22%、75歳以上の高齢者は増える一方です。これに対して対応できる供給源は全く足りていない状況です。 当院のような地域に近い中小の急性期病院も、救急対応力を強化し、地域を支える必要があります。当院は2016年に2次救急指定病院となり、救急搬入患者数は年々増えており、常勤内科医や看護師の人数、検査体制も充実させました。 また、当院は診療所の外来との違いを明確にしています。病状が安定している方は、積極的に近隣のクリニックへ逆紹介し、逆紹介先で専門的な診療・検査が必要になった場合は、絶対に断らずに当院が責任を持ってお受けしています。患者さんには「地域にかかりつけ医を2人持つ」という認識を持っていただくよう働きかけています。 病態によっては、より専門性の高い病院をご紹介し、治療が終わったら当院で引き受けることもあります。こうしたやりとりの中で信頼関係を強め、地域医療が全体として効率よく機能するように連携を深めています。 ─地域の中で目指す医療は。  医療を通して、人生の最後まで誇りを持って生きる人であふれている地域をつくりたいですね。認知症であってもその人らしさが生かされている姿を子どもたちが見て、命や生きることを大事にする未来をつくっていけるように貢献していきたいと思っています。 医療法人社団東山会 調布東山病院東京都調布市小島町2─32─17☎042─481─5511(代表)https://www.touzan.or.jp/

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人生の最後に寄り添うグリオーマホスピスに

公立学校共済組合 東海中央病院坂本 純一 病院長(さかもと・じゅんいち)1975年名古屋大学医学部卒業。愛知県がんセンター中央病院、京都大学大学院医学研究科疫学研究情報管理学講座教授、名古屋大学大学院医学系研究科社会生命科学講座教授などを経て、2012年から現職。  1955年、公立学校教職員の職域病院として誕生した東海中央病院。65年を経た現在、患者の95%以上は地域住民となっており、実質的に、各務原市の市民病院としての役割を担っている。急性期のみならず、緩和ケアへの信頼も厚い。今後、病院運営が目指すところは。 ―2019年2月、グリオーマホスピスを開設。  グリオーマをはじめとする悪性脳腫瘍患者の終末期医療をサポートする脳神経外科の特殊外来です。 グリオーマは全脳腫瘍の約3割を占め、年間発症率は10万人当たり5人程度。岐阜県の人口200万人に対して100人程度です。最も悪性のグリオーマ「神経膠芽腫」は放射線や化学療法を行っても高確率で再発。生命予後は2年程度といわれます。 この時間をいかによりよく過ごせるか。QOLを保つことを念頭に、入院治療から在宅医療、急変対応や、施設入所の相談などを行っています。これまでの利用者は5人。遠方の患者さんもいるので、クリニカルパスをしっかり作って対応したいですね。 もともと緩和ケアは、当院が強みとする分野です。慢性期医療に造詣の深い前院長の渡邊正先生が2011年の病院新築時に開設。センター長や専従医師をはじめ、がん看護専門看護師、緩和ケア認定看護師などの専門スタッフが手厚いケアを行っています。 別館にある緩和ケア病床15床の稼働率は常に90〜95%の状態。そこで同じく別館にある人間ドック15床を2020年度中に緩和ケアに移行する予定です。 以降は、宿泊を伴う人間ドックにはビジネスホテルを利用する予定です。強化したいのは、日帰り人間ドック。今年MRIをもう1台導入して、本格的に脳ドックに取り組みます。新しいCTも導入済みですので、胃がん、大腸がん、肺がん検診を拡大したいですね。 ―人口約15万人の市で唯一の総合病院です。  特殊なケースだと思います。例えば、高山市は人口9万人弱ですが二つの総合病院があります。隣の岐阜市の勤務医師数は人口約40万人で1153人、対して各務原市は人口約15万人で93人。勤務医1人当たりが診る住民の数で見ても、5倍近くもの差があります(県独自集計)。当院の救急医療は全医師数50人弱のうち20数人が365日間実働を担い、年間約3000台の救急車を受け入れていますから、相当な過重労働になっていると言えます。 メディカルスタッフも例外ではありません。つらそうな職員には「給料、復職は保障するから3カ月休んでください」と病院長命令を出すことも。頑張ることと生産性は必ずしも比例しません。意識改革が難しいところだと実感しています。 ―今後の運営について。  資本主義社会ですので、経営が成り立たなければ存続自体が難しくなります。 日本の場合、ビジネスとしての医療と、公共財としての医療があります。ビジネスに徹するなら、土日は救急を取らない、不採算部門は閉じる、病棟看護師を減らしてケアミックスにするなど、方法はあるでしょう。 ですが、市民病院的な役割は後者。救急も不採算部門も必要です。だが独りよがりではいずれキャッシュアウトし、消滅しかねません。700人もの雇用を生み出している場所がなくなれば地域が困ります。補助金に頼れない中で存続できる収益体制を確立するしかありません。 それには、新MRIを利用した脳ドックの充実や心臓リハビリテーションの拡大、緩和ケア病棟のベッド倍増といった地道な積み重ねしかないと思っています。 グリオーマホスピスもそうですね。看(み)取りですから〝華やかさ〟はありませんが、患者さんやご家族の救いになることが大きな価値になります。これからも公共財としての役割を果たしていけるよう、知恵を絞りつつ自助努力していきたいと思っています。 公立学校共済組合 東海中央病院岐阜県各務原市蘇原東島町4―6―2☎058―382―3101(代表)https://www.tokaihp.jp/

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熊本地震を乗り越え災害に強い新病院が始動

熊本市立熊本市民病院 熊本市東区東町4―1―60 ☎096―365―1711(代表) http://www.cityhosp-kumamoto.jp/  2016年4月に発生した熊本地震で大きな被害を受けた熊本市立熊本市民病院が移転新築。2019年10月1日に開院、7日から本格的に診療を開始した。地域住民が待ち望んだ新病院とは。 ◎新築を検討中に熊本地震で被災  もともと老朽化が進み、新築計画が進んでいたという熊本市民病院。「北館、南館はすでに30年以上、耐震性や経年劣化などの問題が露呈していました。そこで現地または移転での新築が検討されていたのです」と、髙田明院長は振り返る。 しかし東日本大震災からの復興や東京五輪の建築ラッシュで資材や人件費などが急騰し、計画の見直しを検討していたその時に、熊本地震が起きた。熊本市民病院もライフラインの寸断、建物の破損など、大きな被害に見舞われた。 「移転先は、国家公務員の官舎が建っていた国有地。被災前の検討段階の時も有力候補の一つでした。同じ東区にあり医療圏が変わらないこと、熊本地震で大きな被害を受けた益城町からも近く、災害時の対応も考慮して新築移転先の第1候補に。国との交渉もスムーズに進み、ここへの移転新築が決まりました」 ◎災害に強い病院へ  新病院は被災による復旧ということもあり、国の補助では現状復旧が原則だった。しかし旧病院が建った40年前と今とでは、医療を取り巻く環境が大きく異なる。そこで関係機関との粘り強い交渉を行い、全く新しい病院の建設が実現する。 「被災したからこそ災害に強い病院を目指した」という、髙田院長の言葉通り、建物は地震が発生した際に揺れを軽減する免震構造を採用。電源は非常用発電機を2台設置、浸水に備えて発電機は屋上に設置された。被災した際に受水槽が壊れて水が全く使えなかった経験から、新病院では上水道と、ろ過装置付きの地下水の二つで、水を供給できるようにした。  木のぬくもりを感じる広々としたエントランスホールは、災害時にはトリアージおよび患者の治療スペースとして使用。緊急時にベッドにできるソファや床下には必要な各種配管を配備。また、ドクターヘリによる救急搬送に対応する屋上ヘリポートも新設した。 災害時に対応できるスペースを十分に確保したエントランスホール  来院者の利便性も図られた。以前は狭く分散されていたことで非常に不評だった駐車場は、広い敷地を確保でき、病院前に346台分を整備。コンビニエンスストアやカフェの設置、診療時間をメールで知らせるアプリなど最新のITも導入した。 さらに入退院患者への手術の説明や、入院期間中から在宅復帰まで支援する患者サポートセンターを新設。ここには看護師や社会福祉士など専門職を配置し、患者や家族の悩み相談も受け付ける。 ◎女性と子どもに優しい病院を目指して  旧・熊本市民病院は、総合周産期母子医療センターとしての役割を担っていた。この新病院においても、ハイリスクの妊婦を受け入れるなど、その機能を強化していく。 さらに、女性特有の疾患やメンタルヘルスケアへの対応、遠方からの患者家族の経済的・精神的な負担の軽減を目的としたファミリーハウスを敷地内に設置(3家族が入居可能)するなど、女性と子どもに優しい病院を目指している。 髙田 明 院長  「新病院の開院までの診療縮小の間、看護師など医療スタッフを九州管内の病院へ派遣研修させ、医療技術の維持・スキルアップを図るとともに、被災者支援業務に携わるなど、市職員として活躍の場を広げました。病院の外で働いたからこそ、新しい熊本市民病院でその経験を生かしたいという思いが募っています」 地域住民の期待だけでなく、スタッフたちの熱い思いが原動力となって、新しい熊本市民病院が力強く動き始めた。

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地域医療を守るために人材確保や連携をより強化

医療法人慶明会 おび中央病院松尾 佳一郎 院長(まつお・けいいちろう)1987年宮崎医科大学(現:宮崎大学医学部)卒業。宮崎市立田野病院健康管理部病院診療課課長、百瀬病院などを経て、2014年から現職。  城下町の面影が残る、宮崎県の小京都・日南市飫肥地区。観光地として活気はあるものの地域の高齢化は進んでいる。一時はこの地域に入院可能な医療機関がなくなる危機もあったが、11年前に医療法人慶明会がおび中央病院を開院。地域住民の生活を守る医療と介護の在り方に模索を続ける、松尾佳一郎院長に聞いた。 ―慶明会は2019年に50周年を迎えました。  慶明会は、生活に欠かせない「目」の診療を軸に、地域の人々の生活を助けたいという初代の土屋勇満先生の志を出発点に、患者さんや地域の人々に支えられながら続いてきました。 おび中央病院は、2008年に開院。この地区には飫肥藩の藩医の流れをくむ病院がありましたが、後継者がいないなどの理由で閉院。その現状を知って、当法人が、前の病院の跡地に開院したのです。 ただし、人手不足などで思うような診療ができず、飫肥地区や山間部の酒谷地区の住民はかかりつけ医を遠方にある日南市中心部に持たざるを得なくなっていました。当時私は、日南市内の別の病院で勤務していたのですが、少しでも地域の助けになればと2014年に着任しました。 ―取り組みについて。  まず困ったのは、人材や器材がかなり不足していたこと。CTや内視鏡など基本的な器材もありませんでした。器材については、法人本部と相談の上、多少無理をして購入しました。 地方の病院では、医療と介護は切っても切り離せない関係なのですが、リハビリテーションスタッフは2人、ソーシャルワーカーは1人しかいない時期もありました。現在はリハビリスタッフが7人、ソーシャルワーカーは3人にまで増えています。 高齢化が進む地域の病院では、どこも同じだと思いますが、医療費などの収入は減る一方です。質の高い医療を提供しようとすれば、器材費や薬剤費については病院側で負担せざるを得ません。それらの部分をどのようにカバーしていくのかが、今の課題です。 新しいことにも着手するつもりです。私は外科出身で、救急も経験しています。副院長も外科、もう1人の医師は麻酔科なので、急性期の対応ができる医師がそろっています。 そこで、急性期治療に関しても可能な範囲で対応できるようにしたいと思いますし、地域の拠点病院である県立日南病院の負担を減らすお手伝いができたらと思っています。当院は悪性腫瘍終末期の対応もできますので、緩和ケアの患者さんを預かることもできます。そのような連携も強化できればと願っています。 ―今後の展望は。  地域包括ケア病棟の開設です。老老介護や慣れない介護に疲弊する家族の方の負担を少しでも補えるよう、「時々入院、ほぼ在宅」という形を実現したいと思っています。 そのためにも、まず看護師をもう少し増やしたいですね。地元の看護学校との連携で、2020年から、新人の看護師が毎年1人ずつ入ることになりました。当院には看護学校で教鞭(きょうべん)を執ったことのある看護師もいますので、新人の育成プログラムも考案中です。 現行の制度では地域包括ケア病棟をつくったとしても、患者さんが入院できる日数は60日までと制限がありますので、退院後の受け入れ先を確保することが重要になります。 幸い、近隣に介護用ベッドを備えた病棟を開設しようという病院がありますので、連携を進めて、地域全体で住民の皆さんの生活を見守り続けていく体制づくりも必要ではないかと考えています。 訪問診療ももちろん視野に入れていますが、やはり人材不足が課題です。人材雇用や医療資材確保に役立つ新たな制度ができればと願います。 医療法人慶明会 おび中央病院宮崎県日南市飫肥6―2―28☎0987―25―2525(代表)http://www.keimei.or.jp/obichuo/hospital/

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「人を育てる」ことが 人生の恩返し

大阪医科大学 脳神経外科学教室鰐渕 昌彦 教授(わにぶち・まさひこ)1991年札幌医科大学卒業。米デューク大学脳神経外科留学、帯広厚生病院脳神経外科、札幌医科大学脳神経外科学講座などを経て、2019年から現職。  ホームグラウンドの北海道から大阪へ移って5カ月。新しい教室の雰囲気はと問うと、「私のことはいいので、今度は若い先生方を紹介してもらえませんか。雰囲気がとても良いんですよ」と柔和な笑顔を見せる鰐渕昌彦教授。これまでの脳神経外科医としての歩み、そして新天地である大阪医科大学 脳神経外科学教室での今後について、思いを聞いた。 〝命の根源〟である脳の神秘に引かれて  生まれも育ちも北海道という鰐渕教授。「社会に貢献できる仕事がしたい」と、地元の札幌医科大学へと進学した。そこで「脳」の美しさに魅了されたという。 「脳というのは、非常にきれいだったんです。その神秘性にも引かれました。ここで人はものを考えるのか。会話をする、あるいは手足を動かす命令を下すのは、今見ているここなのかと」 人の命に関わる医師になりたかった。脳という、その人をその人たらしめる、まさに〝命の根源〟を自らの手で治療する―。脳外科医としての人生はここから始まったという。 「手術では誰も負けない、うまい術者になりたい」と研さんを積む中、大きな転機となったのは米国留学だった。 〝神の手〟と称される福島孝徳医師(米カロライナ頭蓋底手術センター所長およびデューク大学脳神経外科教授)に2年半師事し、勉強漬けの日々を送る。 「頭蓋底手術や微小解剖の訓練だけでなく、多くの症例を論文や本にまとめるアカデミックワークについてもじっくりと学ぶことができ、非常に糧になりました。中でも一番教えられたのは、『患者さんをよく見て、患者さんを第一に考えて手術しなさい』ということです」 当たり前だが忘れてはならないこの教訓は、自身の信条にもなった。術中、難関に差し掛かったときは手を止めて患者さんの笑顔を思い出す。そんなこともあるという。 会話の節々に出てくるのは、周囲への感謝を表す言葉だ。 「札幌医科大学では3代にわたって教授のもとで働きました。手術のすばらしさを教えてくださった端和夫先生(札幌医科大学名誉教授)、留学の機会を与えてくださった寶金清博先生(北海道大学名誉教授)、教室運営のイロハを教示してくださった三國信啓先生(札幌医科大学脳神経外科教授)。この3人の先生方は、誰が欠けても私の今の立場はなかったと思います」 良医を一人でも多く育てるために  受けた恩を、後世へ継いでいく―。それは「人を育てる」ことに他ならない。今回、慣れ親しんだ北海道から、新天地である大阪医科大学へ移ったのも、その理由からだ。 「人生の円熟期を迎えた今、自分の経験をより多くの若い人に伝えていくことができたらと思いました。歴史がある大学であり、ハイボリューム施設であるこちらへ赴任できたのは、まさに僥倖でした」 和気あいあいとした教室のムードに、当初の緊張はすぐほぐれたという。 「メンバーの団結力、人間力、そして医師としての力もすばらしいと思います。みんな優秀で、助けられています」 詰め所や術場の雰囲気も良く、初回からホームのように安心して手術できたと語る。 自分を温かく迎え入れてくれた同門会にも深謝しつつ、人材育成に注力することを宣言。臨床的・学術的にサポートしてもらえるよう協力を仰いだ。 「実力のある先生を一人でも多く育てたい。まだ教室に来て5カ月ですが、その思いは共有できているのではないかと思います」 大事にしたいのは、一人ひとりの性格をよく見極め、特性に応じて教育することだと語る。患者をよく観察し、努力を怠らない人には、術者として手を動かすチャンスをどんどん与えるつもりだ。 「少しずつできる範囲を広げることができれば、自ずと一人前の術者になれます。万全の体制でサポートし、しっかりと育てていきたいですね」 トップダウンよりもみんなで一緒に  臨床・研究をさらに発展させることも課せられた任務だ。教室の得意分野である悪性腫瘍に対するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)や脳血管内治療、放射線診断のほか、自身の研究テーマも継続していきたいと話す。 「臨床に関しては、頭蓋底の微小解剖研究を継続していくつもりです。基礎研究では、脳腫瘍の遊走能研究に取り組んでいます。神経再生医療学についても、やってみたい先生がいれば、ぜひにと思っています」 これまでの教室のムードは何も変えずに、むしろ自分がその中に溶け込んでいけたらと話す。  「トップダウン形式もいいですが、多分、私には向いていないでしょう(笑)。若い人たちのパワーをもらいながら、合議制というか、みんなでディスカッションしながら進む方向を調整できればいい。水が流れるように、川の流れのように、ですね」 大阪医科大学脳神経外科学教室のイベントの様子  若い世代とは考え方も、ライフスタイルも異なる。しかし、いろいろな考え方の人が集まり、一緒に働いてこそ、組織としての発展もあるという。 「医師ができることは1%ほど。多くの医療スタッフに支えられているから仕事ができる。できることは限られるかもしれませんが、患者さんと家族を一番に思って、できることに集中していくだけです」 大阪医科大学 脳神経外科学教室大阪府高槻市大学町2―7 ☎072―683―1221(代表) https://www.osaka-med.ac.jp/deps/neu/

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