遺伝子検査で乳がんリスクを判定
昨年10月に発足した高知大学医学部附属病院乳腺センター。杉本健樹センター長は、「乳腺診療が複雑化したため、外科医が単独で対応することは難しくなった」と話す。県内随一の乳がん治療病院が見据える次代の乳がん治療とは。
◎遺伝カウンセリング
センターの特長として、乳がんの潜在的罹患(りかん)率を計るための遺伝子検査を行っていることがあげられます。検査を受けるにあたっては、専門知識を持った認定遺伝カウンセラーが検査の意味をていねいに説明し、さまざまな情報を提供するとともに患者さんに寄り添います。
NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインに遺伝性乳がんを拾い上げるためのクライテリア(判定基準)があるので、該当する方に遺伝カウンセリングをお勧めしています。初診の乳がん患者さんの3割程度がなんらかの形で該当し、そのうちの半分がカウンセリングを受けました。結果的に、カウンセリングを受けた方のうち約50人が遺伝子検査に進み、そのうち17%が遺伝性乳がん・卵巣がん症候群でした。
乳がん罹患者の93%は40歳以上の女性です。しかし、若い女性でも家系的に乳がん患者が多かったりBRCA1 または、BRCA2という遺伝子に病的変異を持っている場合は、乳がんのリスクが非常に高いため、リスク低減の治療も含めた対策を考えるべきだと思います。
BRCA1 / 2 遺伝子に病的変異を持つ方は、持たない方よりも早く、25歳くらいから定期的に乳がん検診を始める必要があります。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の遺伝子変異を持っていると生涯で8割〜9割の方が乳がんになるので、乳がんで生命を失うことのないように徹底した検診やリスク低減治療について考える必要があります。
現在では、BRCA1 / 2のような明らかに行動変容に繋がる遺伝子変異を突き止めることができます。これから、複数の遺伝子を同時に検査できる遺伝子パネル検査が普及すれば、BRCA1 やBRCA2 以外のがんにつながる遺伝子の変異を見つけることができると思います。
ただ、遺伝子変異がどの程度乳がんや卵巣がんに影響するのかはっきりとわからないこともあって、診療の現場ではしばらく混乱が続くと思います。そういった場合に、認定遺伝カウンセラーのような専門職が患者さんの不安をやわらげることができる。
私は乳腺専門医であると同時に臨床遺伝専門医でもあるので自分でカウンセリングすることもできますが、この仕事は乳がん診療の片手間でやるような簡単なものではないと思います。
そもそも資格所持者が少ないので探すのがたいへんでしたが、あちこちに声をかけて、やっと田代真理さんを捕まえることができました(笑)。
◎啓発活動の弱さ
遺伝性大腸がんの大腸がんリンチ症候群と遺伝性乳がん・卵巣がん症候群は遺伝性腫瘍では非常に頻度の高い疾患ですので、がん治療を標榜している機関はきちんと罹患可能性を判定してあげないと、若年者で亡くなる方が増えることになります。
映画にもなったドキュメンタリー「余命1カ月の花嫁」では、24歳の長島千恵さんが乳がんで亡くなります。しかし、専門家の私としては悲劇に涙するというより、「なんでこんなことが起きるんだろう」と疑問でならなかった。
本を読んでみると、やはり長島さんのお母さんは卵巣がんで若いころに亡くなっていたのですね。本来なら、「あなたは卵巣がんや乳がんになりやすい体質です。早めに検診を受けましょう」と医療者が教えてあげるべきでした。そういった啓発活動が届いていなかったことが残念でなりません。
◎My Medical Choice
若いがん患者さんを見るたびに思うのですが、両親の親族のがん罹患については一度調べておいてほしいですね。そういったことを知っていれば早くからがん検診を受けることができますし、そうでもなければ若いうちにがん検診なんて受けないでしょう。
逆に、すべての人が早くからがん検診を受けるのもおかしな話なんです。自動車事故で亡くなる確率のほうががん罹患率より高いのだから、すべての20代の方ががんにびくびくしながら生活する必要はありません。
ただ、BRCA1 遺伝子に変異を持っていたら、平均で40歳までに15%の方が乳がんになります。日本人の生涯罹患率は8%ですから、40歳までに約2倍の確率で罹患するいうことです。この事実を知っているといないとでは行動が変わるはずです。そこがうまく広がっていかない。
米女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは、BRCA1 遺伝子に異常が見つかり、乳がんを予防するために健康な両乳房を切除し、卵巣がんを予防するために両側の卵巣・卵管を切除しました。
彼女の母親やおばが乳がんや卵巣がんに苦しんだこともあって予防手術を決断したそうです。あえて公表したのは、乳がんや卵巣がんの家族歴のある女性に、リスク低減手術という選択肢があることを知って欲しかったからです。
ニューヨーク・タイムズ紙に手記も寄せています(My Medical Choiceby Angelina Jolie)。ネットで原文が公開されていますので、多くの女性に読んでほしいですね。
※卵巣・卵管切除を受けたときの手記は、同紙の"Angelina Jolie Pitt:Diary of a Surgery"
認定遺伝カウンセラーの田代真理さんに聞く
カリフォルニア大学デービス校で心理学を学んだ後、近畿大学大学院の認定遺伝カウンセラー養成課程で資格をとりました。学部時代、サイエンスの心理学の学位を取った際に遺伝学のことを履修し、心理学にもいかせることを知ったのが、この仕事に興味を持ったきっかけです。
遺伝カウンセリングは医療行為ではありませんが、遺伝リスクをきちんと評価したうえで、遺伝性疾患を持つ患者さんやそのご家族が疾患や検査について理解することをお手伝いします。高知には私ひとりで、四国でも7人しかいません。
月に約20人のカウンセリングを行います。とくに、乳がんや卵巣がんは女性機能を失う可能性もある疾患ですので、更年期障害やパートナーとのセクシャルライフなど、男性医師にはとくに相談しにくい悩みもあります。同性だと率直な話を聞くことができますので、患者さんの悩みに真摯(しんし)に向き合いたいと思います。
認定遺伝カウンセラーとは
- 日本遺伝カウンセリング学会と日本人類遺伝学会が共同認定する
- 2005 年4月から認定遺伝カウンセラー制度がスタートした。2015 年12 月現在、国内で182 人の認定遺伝カウンセラーが登録されている
- 遺伝カウンセラー養成専門過程を設置した大学院を修了することにより、認定遺伝カウンセラー認定試験の受験資格を得ることができる
高知県南国市岡豊町小蓮185番1号
TEL:088-888-2139(代表)
http://www.kochi-ms.ac.jp/~hsptl/guidance/onespost/nyusen.html