難病患者を支える研究を
熊本大学大学院神経内科学は、スタッフ、大学院生などを合わせて約50人が所属、神経内科の講座としては全国でも有数の規模だという。山下賢准教授に講座の研究や取り組みについて話を聞いた。
■講座の研究の特徴
大きく分けて三つのグループに分かれて研究しています。
一つ目は、熊本県に集積地を持つ「家族性アミロイドポリニューロパチー」をはじめとするアミロイドーシスの研究で、この分野では世界的拠点として知られています。二つ目は、高齢化に伴って増加している、脳梗塞など「脳血管障害」を扱うグループです。そして三つ目が、運動ニューロン疾患や封入体筋炎を研究するグループです。
私は、運動ニューロン疾患を研究しており、その中でも特に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の早期診断を可能とする診断マーカーについて研究をしています。
ALSの患者さんは、国内に約9000人いると言われ、主な症状は、手足の脱力、嚥下(えんげ)や呼吸障害などの運動機能の低下です。
治療としては、従来の内服薬のリルゾールに加え、去年からはエダラボンという点滴静注薬が使用可能となりましたが、いずれも病気の進行を遅らせるにすぎず、根治的治療法はありません。
ALSの場合、症状が進行すると最終的に呼吸不全に陥り、患者さんに「人工呼吸器をつけるのか、つけないか」という判断をしてもらわなければなりません。
人工呼吸器をつければ極端に言うと合併症がなければ天寿を全うすることも可能ですが、運動機能の悪化は進行し、寝たきりの生活を受け入れていただかなければなりません。現行の法制度では人工呼吸器を途中ではずすことはできません。
この病気は一般に発症してから、3年~5年で自力での呼吸が困難となりますが、われわれの検討では発症してから診断までに平均600日程度を要しています。なぜなら、ALSには、効率的な診断マーカーが存在しないからです。
このため、多くの患者さんは「自分は一体何の病気だろうか」と不安を抱きながら複数の医療機関を受診し、ようやく診断が確定したと思ったら、すでに生活が自立している時期の半分が過ぎていたというケースが大変多いのです。診断が遅くなれば、症状を遅延させる現行薬剤の効果もあまり期待できません。
研究では、反復誘発筋電図などによる電気生理検査や、脊髄高解像度MRI画像を用いて、疾患の早期診断、治療効果判定を可能とするバイオマーカーを確立したいと考えています。
同時に、封入体筋炎の研究も進めています。この疾患は、骨格筋に異常凝集タンパクが蓄積するとともに、骨格筋内に炎症細胞浸潤を呈する筋疾患です。
国内の調査では、まだ1500人程度しか報告されていない比較的まれな疾患ですが、欧米では50歳以上の方が罹患する炎症性筋疾患の中では最多の疾患なのです。
2002年以降国内でも患者数が急速に増加していますが、発症の原因は不明です。食生活の欧米化が一因として考えられており、糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病に罹患するとそのリスクが高まることが懸念され、今後国内でさらに患者数が増加する可能性が極めて高いと考えます。
数年前の海外の報告では、封入体筋炎の患者血清にはNT5C1Aに対する自己抗体が見つかっています。このため、当講座ではホームページを通して、国内の封入体筋炎が疑われる方の血清について同抗体の測定を進めています。
このような取り組みは、国内では当講座しか行っておらず、またその特異度の高さから封入体筋炎が疑われる患者さんの診断に同抗体を測定する意義は極めて大きいと思います。
■地域で果たす役割
今年4月から熊本県の地域医療介護総合確保基金より支援を受け、当講座で新たな事業をスタート。なかでも二つの企画に力を入れています。
一つ目が、神経難病患者をサポートするメディカルスタッフの人材を育成する「肥後ダビンチ塾」の立ち上げ。塾では、難病患者を受け入れる医療施設を増やそうというのが狙いです。養成プログラムをつくり、今年度は研修会を6回実施、最終的にテストを行い「神経難病専門医療従事者」を認定します。
背景には、増加する難病の患者さんを受け入れる医療施設と人材の不足があります。
現在、熊本県内の難病の患者さんは、難病拠点病院である熊本再春荘病院、熊本南病院に入院する場合が多いのですが、二つの病院に集中し、マンパワーが不足。現場が疲弊するような状況があります。
県内に専門医を増やすには限界もあり、それであれば、多職種でノウハウを共有し、人材を育成できないかと考えたのです。6月に1回目の研修を実施したところ、医師、看護師、リハビリスタッフ、訪問看護師など約150人が参加。ここから、協力体制が出来上がっていくと期待しています。
二つ目の事業は、難病の患者さんを受け入れる病院の空床を管理するシステムの開発です。
在宅の患者さんが入院先を探す際、受け入れ先の病院が少なく、入院先を探すのに大変苦労しています。そこで、受け入れ可能な病院に登録してもらい、空床の管理を講座が行う計画で準備を進めています。
将来的にはダビンチ塾で、ノウハウを学んだ人材がいて、空床管理システムに登録された病院に、患者さんを紹介できるような有機的な体制ができあがっていくと期待しています。
■神経内科医の魅力
神経内科医は、総合内科的視点を持つ必要がある医師です。患者さんの話を、徹底的に聞き、頭から足の先まで観察し、初診であれば30分以上時間をかけて診察します。
20年前、神経内科で治る疾患はほとんどなかったと言っても過言ではない状況だったのですが、今は、治る疾患もどんどん増えてきています。おそらく20年後は診断バイオマーカーも明確になり、神経内科という学問が進歩する様を実感できると思います。
私が神経内科に興味を持ったのは、神経病理標本の観察を通して疾患名を探索するという医学部の病理学実習がきっかけでした。本来あるべきところに神経細胞が存在しない、という現象に素朴な驚きを感じましたし、病理標本1枚から診断が確定するというプロセスに大変感動しました。
研修医時代、人工呼吸器の装着の判断をする時期が来たことを患者さんに告知するのが大変苦痛でした。その時の「少しでも患者さんの力になりたい」という思いが、私の今の研究のスタートラインだったようです。
熊本市中央区本荘1 丁目1 番地1号
TEL:096373-5893
http://www.medphas.kumamoto-u.ac.jp/research/index.html