教育・臨床・研究 経験を生かし充実図る
サイコオンコロジーを最前線で学び、今年、島根大学医学部精神医学講座の教授に就任した。稲垣正俊教授は、「伝統の上に新しいものを積み上げていきたい」と語る。
―これまでの歩みを教えてください。
母校の広島大学にいたころ、「この先、数十年は脳科学・精神医学分野を研究すべきなのではないか」と思いました。その当時、出合ったのが「精神腫瘍学」と訳されるサイコオンコロジー。がんを患った方の精神的苦痛をいかに和らげるかがテーマの学問です。
国立がんセンター研究所支所ではサイコオンコロジーを3年半研究し、その後は1年半ほどアメリカで客員研究員をしていました。
帰国後は国立がんセンターで主に臨床に従事。臨床の場面でがん患者の自殺念慮に対する支援の必要性を切実に感じました。
自殺対策基本法公布の翌年の2007年には、自殺予防総合対策センターに異動しました。国の自殺総合対策の科学的根拠を研究したり、これまでの科学的根拠に基づいて提言したりという仕事に従事する中で、気付かされることもたくさんありました。
例えば、「うつ病」は本人が気付いていないケースが多々あります。
不眠など変調をきたした時点の患者さんを診るのは、精神科医よりも内科医などのかかりつけ医のほうが多い。そのタイミングで、うつ病を早期に発見し、適切な治療をするという方向性を国に示しました。
その後、岡山大学などを経て、今に至ります。
―島根大学に来て感じることは。
地域貢献や研究への熱意があり、組織も柔軟な点が大きな強みだと思います。
地域ネットワークづくりも進められています。医療資源が減っていく中で、圏域の総合病院やクリニックと、どのように役割を分担して、大学として何を担うのか。これは今後、明確にしていきたいところです。
医療機関数が多く、連携を組む相手が膨大な数になる都市部と比べ、こちらは医療機関数がそれほど多くありません。その分、直接会って、「顔が見える関係」を築けるのが良い点だと思います。
大学病院は医師の教育が大きな役割です。地域医療構想を考えたとき、島根大学出身者が県内に残る割合が低いのは課題です。他ではなく、ここでしか学べないことをつくらなければならない。高齢化が進んでいるこの地域では、高齢者の精神医療がその一つになる可能性があります。
―今後の展望を聞かせてください。
精神科医は今、小児から高齢者に至るまで、すべての世代に必要とされていますので、まずは広い領域をカバーするのだという意気込みでいます。
高齢者に視点を置くと、たとえ認知症があったとしても楽しく生活できる社会が理想であり、求められるところです。誤解されがちですが、認知症の症状は物忘れだけではありません。落ち込んだり、不安になったりと、さまざまな症状が出てきます。
高齢になるにつれ、さまざまな病気のリスクも高まります。心臓、脳、生活習慣病...。病気になれば、精神的苦痛も増えるわけですから、私がこれまで研究してきたがんの精神的苦痛を和らげるノウハウも生かせるかもしれません。地域の開業医の先生方、他の診療科とも連携していきたいと思います。
ただ、新しい取り組みについては少し時間をかけて構築したいという思いがあります。まずは先代、先々代の運営の背景を理解した上で、これまでの伝統に新しいものを積み上げていきたい。今はこの教室、地域について学びながら、自分ができることを探している段階です。
島根大学医学部精神医学講座
島根県出雲市塩冶町89-1
TEL:0853-23-2111(代表)
http://www.med.shimane-u.ac.jp/psychiatry/