九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

良質かつ高度なリハビリを

社会医療法人令和会 熊本リハビリテーション病院桑原 公倫 病院長(くわはら・こうりん)1997年島根医科大学医学部(現:島根大学医学部)卒業、熊本大学医学部附属病院(現:熊本大学病院)整形外科入局。国立療養所(現:国立病院機構)熊本南病院、熊本リハビリテーション病院副院長などを経て、2020年から現職。  2020年4月1日付で院長に就任しました。まず簡単に当院のご紹介をします。熊本リハビリテーション病院は、1974年に「熊本理学診療科病院」として創設され、その後1986年に名称を「熊本リハビリテーション病院」に変更して現在に至ります。創設時の80床から約50年の年月を経て、一般病床225床(一般病棟90床、回復期リハビリテーション病棟135床)、約30人の医師と約500人のスタッフを擁し、リハビリテーション専門病院としてさまざまな疾病に伴う機能障害に対し、加療を行ってきました。 当院の役割として、前任の先生方から脈々と息づくモットーのようなものですが、「これからも可能な限り急性期より良質かつ高度なリハビリテーションを提供」し、医師・看護師・セラピスト・医療ソーシャルワーカーなどが連携し、責任ある医療を実践し、患者さんの早期退院・早期社会復帰・在宅生活をサポートしていきたいと思います。 先ほど、「可能な限り急性期よりリハビリに介入」と申し上げましたが、整形外科・形成外科・血管外科などの診療科で年間1200例程度の手術を行う中で、疾患によっては術前から積極的なリハビリテーションを提供しています。また、近隣の高度急性期病院と連携し、骨折などの外傷や運動器疾患の術後、脳卒中などの患者さんを早期に受け入れるという「熊本方式」と呼ばれる地域完結型医療を実践しています。 リハビリテーション部門の特徴は、365日リハビリを提供し、スタンダードな手法に最新の技術や機器を積極的に導入した「ハイブリッド・リハビリテーション」を実践。リハビリの効果を高め、早期退院・早期社会復帰といったニーズに応えることができるように最大限に努力していきたいと思います。 中・長期計画にも関わりますが、「その人らしい暮らしの再構築と支援」を行うための組織づくりを行っています。整形外科を中心とした急性期治療をはじめ、回復期リハビリテーションで地域に貢献してきました。在宅支援では、リハビリテーション医療の一環である病院の在宅支援部門と介護保険関連事業所である訪問系サービス部門などが協働する仕組みを2001年につくり、すべてのご利用者に対してより良いサービスを提供することを心掛けてきました。 今後のわが国の大きな問題でもあります人口減少・高齢者の増加に伴い2025年には、1人の高齢者を2人以下で支える社会構造が想定され、高齢者の在宅復帰の高いハードルとなることが予想されます。 訪問看護・通所リハビリなどの在宅支援の重要性が増すと考えられることから、地域包括ケアシステムをさらに推進するための組織改編を行い、「生活リハセンター」として在宅部門の強化を図り、地域医療・生活支援を実施します。 最近、当院が力を入れている取り組みとしては、一つ目は高齢者医療を取りまく諸問題で、「低栄養」「サルコペニア」が注目されています。多職種による栄養サポート(NST)、摂食嚥下(えんげ)リハビリを実践・研究し、サルコペニアや低栄養の最新のエビデンスを創出、世界へ発信しています。 二つ目は、2017年より脂肪組織由来再生幹細胞を用いた再生医療に取り組み、「重症虚血肢」「脊髄損傷」「脳卒中後遺症」「変形性膝関節症」に対する認可を受け、治療を提供しています。特に脊髄損傷は2019年度約20例の加療を実施。これまで抜本的な治療方法がなかった分野でもあり、症例を積み重ね、結果や検討事項を発信できればと考えています。 これからますます地域社会の中で、当院の役割が問われ、難しいかじ取りを強いられる場面もあるかと思います。地域の皆さまや関係機関の皆さまにご指導を仰ぎながら、職員一丸となり、頑張りたいと思います。 社会医療法人令和会 熊本リハビリテーション病院熊本県菊池郡菊陽町曲手760 ☎️096-232-3111(代表)http://www.kumareha.jp/

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笑顔、夢、誇りを持つ

信州大学医学部附属病院川真田 樹人 病院長(かわまた・まきと)1986年京都府立医科大学医学部卒業。米イエール大学医学部麻酔科、札幌医科大学附属病院、信州大学医学部附属病院副院長などを経て、2020年から現職。 同大学理事、同大学副学長兼任。  徳島生まれ、兵庫育ち。学生時代は、京都で山岳部一筋。さらには北海道に渡って麻酔科医に。ようやく長野に落ち着いて十数年がたった。「ここが、ついのすみかです」と語る病院長が描く、組織の未来像とは。 イノベーションを生み出し、発信する  院長補佐と副院長、合わせて9年にわたるキャリアを持ち、院長に就任した川真田樹人氏。トップに立つことに、気負いはない。「私の役目は、これまでの事業を継続しながら、また新しい方向性を定め、次にバトンを渡すことです」 大学病院としての新たなイノベーションを生み出し、発信していきたいと語る。「遺伝性疾患の診療・研究は強みの一つ。遺伝子医療研究センターは、丁寧な遺伝カウンセリングと最先端の解析を駆使した包括的支援を得意としています。CAR―T細胞療法の実現化も進めたい」 長野県には中小規模の医療機器メーカーが多く、産学共同での研究開発も進む。信州大学発のベンチャー企業も意欲的だ。「バイオメディカル研究の一つであるナノカーボンの医療応用研究、リハビリや生活支援をサポートするロボティックウエアの開発など、企業とタイアップして積極的に取り組んでいきます」 「笑顔、夢、誇り」を  国立大学病院の経営は厳しさを増している。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大で、どこの病院も外来患者が減り、収益が減少。しかも、信州大学医学部附属病院では、2021年から改修工事を予定している。「大きな企業に匹敵する約2500人の職員を抱え、事業を継続していくためには、急性期医療機能は拡張しつつも、全体的にはダウンサイジングが必要だと感じています」 ただし、収益を語るだけでは職員の活力がなくなり、魅力ある病院から遠のいてしまう。その感覚は、経営担当副院長時代に、肌で感じていた。日々の業務に追われるだけでは、職員たちも疲弊してしまう。 そこで就任の際、3本柱として掲げたのが、「笑顔、夢、誇り」。地域に貢献できていることを信じて、もっと笑おう、誇りを持とう。前向きに、一緒に夢を語ろう、というメッセージを打ち出した。 夢を描き、前に進む  まず取り組んだのが、59ある各部門に、10年後の夢を描いてもらうこと。実現するために、この1年、何に取り組むべきなのか、意見を集約している最中だ。 「組織が大きすぎると、他の部署が何を考えているのか分からなくなります。そこで相互理解を深めるために、実現したい形をオープンにする。その結果、リスペクトし合える関係性を築けたらと考えています」 重視するのは情報公開。部門のトップが集まる診療科長会だけでは難しいと判断し、互いの委員会を行き来して実情を知る機会を設けた。2人だった副院長は、4人体制に変更。診療科を越えて情報が広がりやすくなったという。 センター長に任せていた院外会議には、副院長を含めみんなで出ていこうと声を掛け、執行部に入る教授の人数も増やした。関わり合うことで得られるメリットを探る。 「人口減少や高齢化などの問題を抱え、決して明るいとは言えない未来ですが、悲観するよりも元気を出してやっていきたい」と笑う川真田病院長。ベースにあるのは「なるようになる」という人生観だ。 楽しみは、落語にどっぷり浸る時間。「江戸時代から続く落語にはいろんなヒントがあり、応用できることがあります。就任直後から新型コロナウイルス感染症の対応で大変ですが、また寄席に行ける日を待ちわびながら、乗り越えていきたいと思います」 信州大学医学部附属病院長野県松本市旭3-1-1 ☎️0263-35-4600(代表)http://wwwhp.md.shinshu-u.ac.jp/

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良き医師を一人でも多く

大阪市立大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉病態学角南 貴司子 教授(すなみ・きしこ)1993年大阪市立大学医学部卒業。独ルートビヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン留学、多根総合病院、大阪市立大学大学院医学研究科耳鼻咽喉病態学准教授などを経て、2019年から現職。  2019年10月、耳鼻咽喉病態学講座の第7代教授に就任した。大阪生まれの大阪育ち。「大阪市民にとって一人でも多くの良い医師を育てたい」と目標を掲げる。後進のために今、伝えたい思いとは。 患者の言葉に耳を傾ける  専門はめまいを中心とする神経耳科。高齢化によって、めまいを訴える患者は増加している一方で、めまいを専門とする医師は、少ないという。 「日常生活が送れないような重症の患者さんの治療も課題ですが、軽微なめまいの患者さんの方が実際には多いにもかかわらず、見過ごされがちなことが問題です」と心を痛める。 普段の生活に困らない程度の軽い症状だからといって「気のせいかも」と済ませるのではなく、一つ一つの症状を患者が納得できるよう説明し、改善に導いていきたいと語る。 診療で心掛けているのは、とにかく話を聞くこと。「ただ耳を傾けるだけではなく、患者さんに何が起きているのかを把握することが大切です。1回の診療で終わらずに、検査を重ね、慎重に診断していきます」。患者自身が理解し、症状の知識を得ることで、病気と一緒に生きていく力が生まれてくる。 中には、20年以上通院し続けている患者もおり、人生を共に生きているような気持ちになるという。 めまいの原因究明を  父親が医師で、研究を主にしていたということもあり、研究者を目指し、医学部に進んだ。耳鼻科には、まったく興味がなかったという。ところが、実習先で出会った耳鼻科の医師の患者への真摯(しんし)な対応に、感銘を受けた。さらに、めまいに関する講義を受けたことで、人生が大きく変わる。 「もともと脳神経の分野に興味はあったのですが、めまいの講義を聴くまでは、こんなに面白いとは思っていませんでした」。3回生からは、脳解剖の研究を続けた。「脳そのものはブラックボックスのように見えるのですが、一つ一つ解明していくと、なぜ頭がふわふわするのか、なぜ目が回るのか、めまいという一見分かりづらい症状の本質が、理路整然と見えてくる面白さがあると感じました」 前教授から託された思い  教授だった井口広義先生が、病気のために逝去。亡くなる前に、「後は頼んだ」と言葉を掛けられたという。その1年ほど前から医局長として運営に関わっており、後任となった方がよいことも承知していた。しかし、自分に務まるのだろうかと、随分悩んだと明かす。 力をくれたのは医局員や同僚たちの応援だ。背中を押され、心は決まった。 教授就任に当たっては、何よりも大阪市民にとって一人でも良い医師を育てることが自身の目標と語る。 「医局員には、国内外に積極的に留学してほしいですね。治療の知識や手術のスキルを得れば、それが医局の力になります。その医局員たちを全力でバックアップするのが私の役割だと思っています」 これまで留学や研修などを通して、自身も目指すべき師に出会うことができた。「日本耳科学会の理事長も務められた山本悦生先生は、これまでに何千例という手術実績を重ねられています。お会いした時には、70歳を過ぎていらっしゃいましたが、『手術は今でも緊張するし、改善すべき点が見えてくる』とおっしゃったのには、頭が下がる思いがしました」 治療に当たっては地域の医療機関との協力も欠かせない。「近隣の大学病院とも患者さんの行き来があり、お互いに助け合う体制ができています。患者さんに納得いただける治療を提案できるよう、これからも努めていきます」 大阪市立大学大学院医学研究科 耳鼻咽喉病態学大阪市阿倍野区旭町1-5-7 ☎️06-6645-2121(代表)http://www.med.osaka-cu.ac.jp/jibika/

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ALS患者に常に寄り添う

徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床神経科学分野和泉 唯信 教授(いずみ・ゆいしん)1995年徳島大学医学部卒業、広島大学第三内科(現:脳神経内科)入局。住友病院、医療法人微風会理事長、徳島大学病院神経内科(現:脳神経内科)特任講師などを経て、2020年から現職。  ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究や臨床に携わり約20年。これまで診たALS患者数は700人近くに上る。病院内にとどまらず、患者宅の往診も続ける。研究成果が実を結びつつある今、新教授として思うこととは。 ALSの解明に挑む  徳島大学医学部を卒業後、故郷の広島大学第三内科に入局。同大学原爆放射線医科学研究所教授の川上秀史氏の下、神経変性疾患の遺伝子研究に取り組んだ。 「ALS研究を手伝ってほしい」と2001年に、徳島大学に開設された高次脳神経診療部(現:臨床神経科学分野)の初代教授・梶龍兒氏に声を掛けられ、母校に戻り、ALSとの長い付き合いが始まる。 10万人当たり3〜5人の割合で発症するALS。指定難病の一つで、高齢化と共に罹患(りかん)する人が増えている。中枢神経の特定の運動ニューロンが少しずつ死滅することで進行。手足、のど、舌の筋肉が衰え呼吸が難しくなり、やがて、人工呼吸器が必要になる。徳島大学がALSの臨床に本格的に取り組んだことで、多くの患者が全国各地から訪れるようになった。 その頃、川上氏、埼玉医科大学教授だった萩原弘一氏(現:自治医科大学教授)との共同研究もスタート。2010年、ALSの原因遺伝子OPTN(Optineurin)を同定、英学術雑誌「Nature」に成果を掲載した。 大阪の住友病院で指導医だった井上治久氏(現:京都大学iPS研究所教授)との研究も、2010年に始まった。「iPS細胞を分化させて作った運動ニューロンを使って、細胞死を抑制する化合物を見つけ出そうと、100人ほどの患者さんに協力をお願いしました」 約1400種類の化合物をALS患者のiPS細胞から分化させた運動ニューロンに投与。ボスチニブの有効性を突き止め、2017年、米学術雑誌「Science Translational Medicine」に論文を発表した。 患者を診る大切さを学ぶ  広島県三次市で戦国時代から続く寺に生まれる。高校卒業後に進学した北海道大学理学部では、柔道にのめり込んだ。柔道部での熱血ぶりから後輩が書いた小説のモデルにもなっている。 住職だった父親が亡くなる前、地域のためにと開設した福祉施設と病院で働こうと、医師になることを決意。24歳で徳島大学医学部に入学した。 研修医時代、大阪の住友病院で指導を受けた当時の院長故・亀山正邦氏には最も影響を受けた。教授就任に当たって教室の基本方針「erstens bett!(まずは患者さんのベッドサイドから始めよ!)」は、亀山氏の行動の指針でもある。 「一緒に回診する時、カルテに記載された検査データについて報告しようとすると、それを制されました。予断せず、患者さんを診ることが重要であること。今もその教えを大切にしています」 通院困難な患者のもとへ  2006年、多忙な生活を送る中、脳卒中を発症した。幸い後遺症はなかったが大きな転機となった。抱えすぎていた仕事の中から「ALSを専門にする」と決めたのも、その時だ。病院では患者の来院を待つことが当たり前だったが、往診をしようと発想を変えた。 「ご自宅まで移動してみると、とにかく遠い。不自由な体で、患者さんがどのような思いで通院していたのか初めて分かった気がしました」 患者の協力を得て進めていたメチルコバラミンの臨床試験が、2020年3月に終了した。「その有効性を間もなく発表できると思います」と力を込めた。治療法がないと言われてきたALSに、ようやく一筋の光が差し始めている。 徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床神経科学分野徳島市蔵本町3-18-15 ☎️088-631-3111(代表)https://neuro-tokushima.com/

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高齢化により患者が増加 皮膚科医の育成が急務

秋田大学大学院医学系研究科皮膚科学・形成外科学講座河野 通浩 教授(こうの・みちひろ)1994年秋田大学医学部卒業。米マサチューセッツ総合病院、米ハーバード大学医学部、名古屋大学大学院医学系研究科皮膚病態学准教授などを経て、2019年から現職。  1974年に開講した秋田大学皮膚科学・形成外科学講座は、地域医療を守りながら、最先端の医学研究を進めてきた。2019年9月、20年ぶりに母校へ戻り、教授に就任した河野通浩氏は、診療・教育・研究それぞれに注力し、地域医療の課題解決も視野に入れている。 ―医局の特徴や人材育成について教えてください。  当院は秋田県の特定機能病院であり、県内における、いわば「最後の砦(とりで)」です。皮膚科、形成外科も県内から多くの患者さんを受け入れ、皮膚がん、重症薬疹、全身の水疱(すいほう)症、重症熱傷などに対して、高度医療を提供しています。 また、湿疹、白癬(はくせん)、帯状疱疹(ほうしん)などの一般的な皮膚疾患も数多く診療しており、アトピー性皮膚炎や乾癬(かんせん)などの専門外来も設置。まさにオールラウンドに対応しています。 研究に関しては、色素異常症やアトピー性皮膚炎などに遺伝子からアプローチし、病態の解明や最適な治療法の開発に取り組んでいます。今後はさらに対象を広げ、じんましんや真菌症に対しても遺伝子の研究を進めたいと考えています。これらはまだチャレンジの段階ですが、いずれは新たな治療法を確立し、患者さんに還元できればと思っています。 秋田県は皮膚科の医師が不足しており、まずは幅広い疾患に対応できるオールラウンダーな医師を育てる必要があります。しかし同時に、自分の専門領域をしっかり持ち、その領域の国際学会でも認められる優れた人材の育成も進めたいと思っています。 ―地域の医療機関との連携について。  医局のスタッフや県内の皮膚科医が一斉に集まる談話会を、月に1回程度開催しています。 それぞれ別の医療機関で働いている医師たちが、定期的に顔を合わせる機会を設けることで、患者さんの相談、紹介などもスムーズです。秋田県では談話会の存在により、大学病院と地域の先生とのコミュニケーションが、かなり良好であると感じています。 ただし、地域全体としての課題はまだあります。秋田県は高齢化がかなり進んでおり、それに伴い皮膚がんなど、重症の患者さんが増えてきています。しかし、皮膚科医が少ないことから、地域によっては内科や外科の先生が皮膚疾患の初期対応をしてくださっているケースが少なくありません。 患者さんのためには、早い時期に専門の医師が対応することが理想です。県内の皮膚科医の育成を含め、皮膚科診療体制をできるだけ充実させたいと思っています。 ―今後の目標は。  まずは学生たちに皮膚科の魅力を伝え、多くの人に入局してもらうことです。 皮膚科は、他科に比べてワーク・ライフ・バランスが比較的取りやすいと言えるでしょう。女性医師の結婚や出産にも対応し、復帰後もしっかりと仕事に取り組める環境を整えています。研究に打ち込むこともでき、これらのメリットを伝えたいと思っています。 これにより医局の人数が増え、結果的に秋田県内で働く皮膚科医が増えれば、地域医療の課題を改善できます。加えて、人員の増加で余裕も生まれ、それぞれ専門領域の研究も加速するでしょう。このような良い循環をつくることが、大きな目標です。 個人の目標としては、研究をじっくりと進めたいと思っています。これまで、私は色素異常症に関する二つの遺伝子を発見しました。一つは大学院生の時に始めた研究で、指導教授などの力を借りながら、約10年かけて発見。二つ目は私が中心となり、一つ目の発見の10年後に発見しました。 いずれも長い時間が必要でしたが、成果は出ています。次の10年間で、また新しい何かを見つけたいと考えています。 秋田大学大学院医学系研究科皮膚科学・形成外科学講座秋田市本道1―1―1☎018ー834ー1111(代表)http://www.med.akita-u.ac.jp/~hihuka/

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「地域を診る」医師を育て さらに信頼される病院へ

JA新潟県厚生農業協同組合連合会あがの市民病院藤森 勝也 病院長(ふじもり・かつや)1985年自治医科大学医学部卒業。新潟県立新発田病院内科部長、新潟県立加茂病院副院長、新潟県立柿崎病院院長などを経て、2017年から現職。  1954年に水原町国保直営病院として発足。2015年に新病院が完成し、「あがの市民病院」に改称。阿賀野市の総合病院として地域医療に貢献してきた。病院の特色や今後の展望を、藤森勝也病院長に聞いた。 ―阿賀野市の状況は。  当院は、県庁所在地の新潟市から東に約20㌔の阿賀野市にあります。新潟県は医師不足の県で、厚生労働省が示した「医師偏在指標」では全国47位でした。 新潟県には20の市があり、阿賀野市の医師数は20市中19位。人口10万人当たりの医師数が約87人(全国平均は約252人)で、相当な医師不足の市と言えます。阿賀野市の人口は約4・2万人、高齢化率約33%、高齢者単身世帯・高齢者世帯が全体の世帯数の約23%で増加しています。 ―病院の特色は。  総病床数196床(一般急性期病床92床、地域包括ケア病床104床)で、介護医療院54床を病院内に併設。急性期から回復期、慢性期まで幅広く対応するケアミックス型病院です。16の診療科を持ち、1日の外来数約410人、介護医療院を含めた1日の入院数約196人、年間救急車受け入れ488台、年間救急外来数1369人、年間訪問診療数240件、訪問看護と訪問リハビリ数6187件に上ります。「糖尿病・生活習慣病予防治療センター」「消化器病センター」「骨関節疾患センター」「地域医療・連携センター」の四つのセンターを有し、透析、呼吸器診療にも力を入れています。 「糖尿病・生活習慣病予防治療センター」「消化器病センター」「骨関節疾患センター」では、常勤医が地元新潟大学の非常勤医と協力して、生活習慣病、消化器病、骨関節疾患の発症・進行に関する実態と要因を究明。市民の健康寿命を延ばすための施策立案を、科学的かつ効果的に進める研究も行っています。 また、初期臨床研修医の地域医療研修病院として、基幹型研修病院から受け入れ、共に勉強しています。訪問診療、連日の外来研修とそこからの入院診療、午後の救急当番とそこからの入院診療、週1回程度の当直業務、毎週の内科回診、内科検討会での発表、職員の前で15分程度の教育講演担当などを行っています。 週末には「地域を診る」ために地域の名勝地を訪れ、特産食品を味わい、伝統と文化に触れてもらっています。それまでゼロだった臨床研修医数は、2017年に4人、2018年に15人、2019年に19人で、2020年は18人が内定しています。 ―今後の展望は。  病院では「健康寿命日本一」を目指す自治体と協力し、地域包括医療ケアを充実させる取り組みとして、「自助」に力を入れています。ヘルスプロモーション活動として、年8回の糖尿病教室、年数回の地域講演会・出前健康講座、中学校での「たばこの害」「こわ~い薬物依存」の講演、地域医療フォーラムや病院祭での講演、年10回の新潟大学医学部健康講座塾など、さまざまな健康情報提供の場をつくっています。 地域活動として、七夕コンサート、クリスマスコンサート、民謡流し参加などを通して、地域の方々との「ふれあい」「交流」を図っています。加えて、近隣の医療施設と医療機器の共同利用や在宅療養後方支援病院のシステム化を実施。また、市内介護施設と、「あがの介護・病院連携の会」を設立し、隔月で定期開催しています。連携の会では、「患者情報連絡票」を作成。外来受診をよりスムーズにし、顔の見える関係性づくりを行っています。 当院は、予防医療から急性期・回復期・在宅医療を含めた慢性期、介護分野までの包括的医療を提供する地域の中心的病院として、また住民に信頼され、愛される病院であり続けたいと、今後も職員一同〝ワンチーム〟で活動していきます。 JA新潟県厚生農業協同組合連合会 あがの市民病院新潟県阿賀野市岡山町13―23☎0250―62―2780(代表)https://www.niigatakouseiren.jp/hospital/aganoshimin/

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山陰のQOVを支える 視機能を守る拠点に

鳥取大学医学部 視覚病態学分野井上 幸次 教授(いのうえ・よしつぐ)1981年大阪大学医学部卒業。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校プロクター研究所研究員、大阪大学眼科学教室助教授などを経て、2001年から現職。  新型コロナウイルス感染症(COVID―19)は、眼科医療にも、さまざまな影響を及ぼしている。眼感染症を専門にする井上幸次教授に、鳥取県の現状を中心に聞いた。 ―眼科におけるCOVID―19の影響は。  新型コロナウイルスは、口や鼻といった上気道の粘膜から感染します。日本眼科学会などによると、目の粘膜組織である結膜からも感染する可能性があるようです。頻度は少ないですがCOVID―19に結膜炎を併発する場合もあります。 当大学医学部附属病院では、内視鏡を鼻に通して実施する「涙囊鼻腔吻合(ふんごう)術」など、医療従事者の感染リスクが高い手術・検査はPCRでCOVID―19陰性を確認してから行う方向で検討しています。 また、角膜移植も、角膜の確保が難しくなったことにより、止まっている状況です。日本で移植に使われている角膜は、国内で調達されているものが50%程度で、それ以外は海外からの提供です。航空便が減便されていることもあり、海外からの空輸による角膜の確保も難しくなっています。 国内の場合も、地域によっては献眼をストップしているところがありました。これまでは、県外から角膜を提供してもらうこともできていたのですが、それにも影響が出ています。 医学は感染症の撲滅を目標に発展してきた側面もあり、眼科医療にとっても感染症は重要なテーマです。 例えば、角膜ヘルペスの原因は、誰もが体内に持っているヘルペスウイルスですが、それに対抗する体の免疫がかえって角膜を混濁させ、視力を損ないます。ウイルスを抑えながら、視力を維持しなければなりませんので、治療のための薬剤投与のさじ加減が難しい。これからの研究の目標は、ウイルスの撲滅ではなく、いかにうまく共生していくかということにあるように思います。 どんなに素晴らしい低侵襲な手術を実施しても、ひとたび目に感染症が起きれば失明につながりかねません。COVID―19の拡大によって、感染症の分野の重要性を改めて感じています。 ―眼科の特徴や運営の課題について。  鳥取大学医学部附属病院の手術件数のうち、およそ5分の1は眼科手術で、年間2500例を超えています。 鳥取県の場合、大規模な眼科の病院などが少ないことや、県外に移動しにくい地形であることからも、大学病院に手術が集中するという背景もあります。 教室としては、必要な手術をすべて提供できるような体制づくりを第一に考えています。 眼科の手術の目的は、患者さんにとって目が「見えるか、見えないか」であり、結果が明確に求められます。ただ、教室の医師数は決して多くはありませんので、個々のスキルを磨くためには工夫が必要です。 当教室では、専門に特化し、特定の医師がその分野の症例を数多く経験する形にすることで、スペシャリストを養成し、安全で質の高い手術を目指しています。 既存疾患によって全身麻酔が必要な患者さんの白内障手術なども増加しています。鳥取県の場合、高齢化率も高く高齢者の健康寿命を保つためにも、視機能の維持は重要な課題です。 医師の確保が難しくなっているのも事実です。働き方改革にも対応しなければなりません。特に眼科の場合、女性医師の比率が高いので、産休や育休を取得する時期への対応も求められます。 対策の一つが、検査などをする視能訓練士(ORT)の増員です。医師の業務の一部をORTに移行することで、医師の負担は軽減できると思います。 患者さんの視機能の質、QOV(クオリティ・オブ・ビジョン)を守ることが私たちの役割です。山陰の眼科の拠点としての責任を果たしていきたいと思います。 鳥取大学医学部 視覚病態学分野鳥取県米子市西町36―1☎0859―33―1111(代表)https://www.med.tottori-u.ac.jp/ophthal/

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ネットで対応策を共有 地域の認知症をサポート

高知大学医学部 神経精神科学教室數井 裕光 教授(かずい・ひろあき)1989年鳥取大学医学部卒業。兵庫県立高齢者脳機能研究センター(現:兵庫県立姫路循環器病センター)、大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室講師などを経て、2018年から現職。大阪大学大学院医学系研究科精神医学分野招聘教授兼任。  認知症のさまざまな症状のケアに悩む人たちが、お互いの情報を共有するコミュニティーサイト「認知症ちえのわnet」。その研究代表者である高知大学医学部神経精神科学教室の數井裕光教授に、開発に至る経緯やその活用法、そして高知県における認知症診療の現状について聞いた。 ─「認知症ちえのわnet」を開設した理由は。  認知症の症状には、物忘れなど認知機能の低下と、怒りっぽい、幻覚・妄想など周囲の人との関わりの中で起きる行動・心理症状 (BPSD)とがあります。 ケアをする際に対応が難しいのがBPSDです。さまざまな対応法についてこれまで紹介されていますが、その有効性について検証されませんでした。 そこで、実際に認知症の人をケアする家族や介護・医療従事者に、どのような症状に対して、どのように対応し、うまくいったか否かを投稿していただくウェブサイト「認知症ちえのわnet」を開設しました。 投稿いただいた情報を分析し、成功率を計算しています。成功率は、サイト内で共有。ケアする人は、それを目安に、最適な対応法を探すことができます。また、質問にイエス・ノーで答えていけば、対応法が提案される「認知症対応方法発見チャート」も提供しています。 このようにトライ&エラーを繰り返しながら効果的な対応法を見つける方法は、発達障害の分野にも応用できると思います。将来的には、「発達障害ちえのわnet」も開設したいと考えています。 ─高知県における認知症診療の連携は。  県内に四つある「地域型認知症疾患医療センター」の機能強化を目的に、「基幹型認知症疾患医療センター」である当院が連絡会や研修会を開催して、最新の情報を提供しています。 診療にとって大切なのは、やはり顔が見える連携です。高知県は広く、すべての地域に認知症の専門医がいるわけではありませんので、かかりつけ医に対応いただく地域が多くあります。また、ご家族の方がどのようにケアすれば良いか悩んでも相談できる場所が少ない地域もあります。 認知症には、大人の水頭症のように〝治る〟認知症もあり、アルツハイマー病やレビー小体型認知症であっても、早く診断して、早く治療を始めることができたら、長く良好な状態を長く保つことができます。BPSDに関しても、ご家族がそのことを認識されるだけで、ケアの方法も変わってきます。 専門医が少ない地域の医師会からお呼びいただいて、認知症の診断・診療について、「認知症ちえのわnet」の話をさせていただく機会も増えています。また、豊富な知識や経験を持つ介護福祉士やホームヘルパーの方とも講習会や学習会を行い、「認知症ちえのわnet」を通じての意見交換なども呼び掛けています。 かかりつけ医をはじめ多くの方に、認知症についてもっと理解を深めていただき、早く専門医につなげていただけるような仕組みができるよう努めていきたいですね。 ―「認知症ちえのわnet」の展望は。  あるテレビ番組でこのウェブサイトが紹介されたことで、一気に1000人ほど登録者数が増えたことがありました。「まずは知っていただく」ということの大切さを実感しました。これを機に高知県だけでなく、全国からの登録者も増え、ケア体験の投稿は現在約2690件、まずは5000件を目指しています。 現在、新型コロナウイルス感染症の影響で、介護施設に通えずに、在宅でのケアで悩んでいるご家族も多いと思います。「認知症ちえのわnet」も活用して、例えば、どのような気分転換をさせたらよいのか、といった情報を広く伝えていけたらと思います。 高知大学医学部 神経精神科学教室高知県南国市岡豊町小蓮185─1☎088─866─5811(代表)http://www.kochi-ms.ac.jp/~fm_nrpsy/

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