最善を求める工夫に終わりはない
―病院長が大切にしていることは。
患者さんにとって最善な医療のために、どこまで工夫できるか。私が常々考えていることです。
例えば、肝臓に疾患のある患者さんが大学病院で超音波の検査を受けていたとしましょう。その患者さんが当院で検査を受ける場合、超音波機器の性能が大学病院のものより劣っている。それなら考え方を変えて、MRIを使えば、はるかに高いレベルでの検査が可能になるわけです。
もちろん、MRIを使うということは、1回の検査にかかる患者さんの金銭的な負担が重くなります。その代わりに診療に支障のない範囲でMRIの回数を減らすなどの工夫で総額を抑えることはできます。
この病院に来たら、医療の質が落ちた。それはあってはならないことです。私の専門分野である消化器でいうと、検査設備で劣っている部分があっても、実は多くの場合、工夫をすることでカバーできるはずです。私個人の感覚としては、全体の7割くらいは対応できるのではないでしょうか。
ガイドラインについてもその通りに守るだけでなく、少しはみ出すくらいのアイデアによって、もっといい結果がもたらされることもあります。
私は昨年7月に鳥取大学からこの病院に赴任し、10月に病院長に就任しました。大学にいたときにも、東大や阪大、京大などに負けないためにはどうしたらいいのかと、いつも考えていましたね。そこで培ったノウハウを、今度は日野病院で生かすことができればと思っています。
―なぜ医師の道に。
子供の頃から生き物を飼うことや、医学情報のテレビ番組を見るのが好きでした。身内などに医療関係者がいるわけでもないので、純粋に好きだったという気持ちから医師を目指したのだと思います。
生物って、すごく合目的ですよね。「なんだかおかしな形状の器官だな」と思っても、よくよく調べてみたらちゃんと理由があって、うまく生きていけるようになっている。そういう驚きが原点かもしれません。
フランス革命を先導したのが医師であったという史実にも、実は影響を受けているんですよ。理想を実現するために、自ら動く。どちらかといえば、私は周囲に合わせる性格でしたから、医師みたいな職業に就いたら、自分で考えて動ける人になれるような気がしたのです。
消化器を専門にしているのは偶然です。もともとは放射線科にしようと考えていて、消化器のことは頭にありませんでした。ある日、医局長からやってみないかと言われて、説明を聞いているうちに消化器がいいかもしれないと思い始めました。
患者さんのことを、最後までずっと見ていられるのが、消化器内科医の一番のやりがいだと思います。特に私の専門である肝臓の疾患を抱えている患者さんは、一生治療を続けなければならない人も多い。その患者さんがよくなったとか、悪化したとかは、私たちがどれだけ頑張ったかという結果。やればやっただけ、患者さんが長生きするのなら、やはりその成果を私はずっと追いかけたい。
ある患者さんに対して
いろんな工夫をしても、それがいい方向に作用したのか、それをしないほうが健康でいられたのか、医師として知らないままなのはおかしいと思います。検証して、次に生かしていくのが、私たちに課せられた使命ではないかと思うのです。
―肝臓疾患の最近の傾向について。
ウイルスに対する治療がすごく進歩しましたから、肝炎ウイルスはどんどんなくなり、肝炎ウイルスからくる肝硬変で死亡する人はいなくなる方向に進むでしょう。この地域も、肝炎ウイルス感染者はとても少なくなっています。
がんについては脂肪肝からくる肝硬変による肝がんや、胆管がんが増えています。例えば肥満の人が脂肪肝になって、肝硬変になって、がんになる。そんなケースがこれから増えてくると思います。
―地域の人に対してどのような医療を提供していきますか。
ここから車で40分ほど離れた米子市の病院に通っている方も多いようです。そういう人たちが、この病院に通ってくれるようになったらと考えています。
先ほども言いましたように、工夫すれば、ここにある設備で十分高度な医療を提供できます。できるだけ、この地域で完結できる医療を目指したい。高齢化が進んでいますから、今はよくても、いずれ米子に行くことが難しくなるからです。
そのために、現在力を入れていることの一つは、この病院を退院した後も自宅で診る在宅診療。また施設に移られた方についても、もしまた悪くなったらこの病院で診て、治療して戻っていただくという取り組みです。
理想としては、大都市圏と同レベルの医療を提供していきたいと思っています。
この2月からは、内科、外科、整形外科の時間予約制度を導入しました。お年寄りの方々はみんな朝起きるのが早く、午前中の同じ時間帯に患者さんが集中してしまいます。受け付けがほんの数分違うだけで、待ち時間が2時間、3時間にもなる。そんな無駄なことはもうなくして、30分、長くても60分程度で診察を終えられるようなかたちを目指したいと思います。
そして、他の医療機関との患者さんの情報のやり取りについて、もっとハードルを低くしていくべきだと考えています。
鳥取大学を中心とした「おしどりネット」(鳥取県医療連携ネットワークシステム)というものがあります。これがつながっていることで、当院が関わった患者さんのカルテの内容をすべて見ることができるのです。
日野病院で診断して、大学に送った患者さんの治療の状況が、ネットワークを通じて把握できます。どのような治療をして、発熱したとか、順調に進んでいるとか、結果だけではなく、どうしてそこに至ったのか、経緯をたどることができるのです。
それによって、また患者さんが日野病院に戻ってきた際、どういうかたちで経過を見守っていくのが最適なのか、迷うことなく診療を続けていくことができます。
もちろん、おしどりネットへの登録は、患者さんの同意書をもらいます。画像なども全部見ることができるんですよ。大学で撮影したCTも、うちで撮ったCTも閲覧できますから、例えばうっかり余分なCTを撮ってしまったというミスも防ぐことができます。
いずれは、ここが大学の外来のような位置づけで役割を果たしていくのがいいのではないかとイメージしています。ネットワークの環境がもっと進化していけば、大学の先生とリアルタイムにカンファレンスしながら治療を進めていくといった作業も、より精度が高まっていくでしょう。つまり、私たちにとっても、患者さんにとっても、「一つの病院」として機能しているのと実質的に変わらないわけです。
そうなれば、ここの病院のレベルが、あそこの機器の質が、という従来の病院に対する価値観は、どんどん変わっていくんじゃないでしょうか。
日野病院組合 日野病院
鳥取県日野郡日野町野田332
TEL:0859-72-0351
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