第18 回日本脳低温療法学会 学会長
香川大学医学部 救急災害医学講座 教授 黒田 泰弘
7月10日と11日の両日、香川県民ホール(香川県高松市)で「第18回日本脳低温療法学会」が開催される。テーマはTargeted TemperatureManagement。学会長を務める黒田泰弘教授を香川大学に訪ね、学会の狙いなどを聞いた。
インタビューの冒頭、「集中治療にどんなイメージを持ちますか」と逆に質問され、重症で...、急ぐ必要があり...、でも治らないこともある...、24時間体制...などと答えながら、どんな取材になるのだろうと思った。
頭部の疾患をターゲットにした集中治療という言葉が、神経集中治療です。いろんなターゲットがありますが、心拍が止まってまた動き出した人、意識がない人、頭を強く打った人、くも膜下出血の人などの研究や、治療方法に関してディスカッションできる学会になればいいと思います。
脳の低温療法ですから、頭部を冷やすんです。たしかにそこから始まるのですが、冷やす温度にもいろんな意見があって、まだわからないことばかりなんですよ。だから、「何がわからないのか」をはっきりさせるのが大事かなと思っています。
頭部の損傷がそれ以上悪くならないよう、酸素や血液をうまく送るために体温を下げるという治療法は昔から言われており、でも全然効かなかったのですが、2002年に、心臓が止まった人に関しては、冷やさなければ4割くらいの人が元の生活に戻れたのが、冷やすと5割くらいに上がったという論文が出たんです。それで今は世界中で、心臓の蘇生には頭を冷やすことが組み込まれています。
ところが一昨年の秋に、今学会に招聘したニクラス・ニールセン(NiklasNielsen)というスウェーデンの医学博士が、33℃に冷やさず36℃でも結果は変わらないとする論文を出し、ずいぶん論争になっているところです。
33℃まで冷やすのはかなり大変で、それをやらずに済めばそれに越したことはありません。しかし意見は分かれていますから、学会で話していただくことにしました。
先ほど4割とか5割とか言いましたが、頭部の損傷は程度がみんな違いますから、冷やさなくても意識が回復する人もいれば、冷やしてもだめな人もいる。結局のところわからないんですよ。
孫氏の兵法に「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉がありますが、まず敵のことがわからない。頭のダメージの程度に応じて冷やす程度を変えたほうがいいのか、実はどうしていいのかわからないから、それ以上進まないんです。
そしてもう1人招聘している、ピッツバーグのポルダーマン博士(KeesH. Polderman)はニクラス・ニールセン博士にずいぶん異論があるらしく、すでに昨年3月、マイアミの学会で2人がバトルしたそうで、香川でそれが再開されることに期待しています。学会参加者にも言い分があるでしょうから、壇上と会場とがフリートークで盛り上がるようにできないかと考えているところです。
もう1つ、心肺蘇生法のガイドラインが5年に1回改訂されるんです。今年が改訂の年で、胸骨圧迫30回と人工呼吸2回の繰り返し、AEDなどの一次救命処置、および二次救命処置により心臓が動き始めたけれども意識の戻らない人は、24時間から48時間は32℃から34℃の低体温療法をすることになっていて、その根拠が先ほどの10数年前の論文です。それを変えるのか、それともそのままでいいのか、そこも論議になると思います。
さらに近年、交通事故の死者は減って、重症の頭部外傷も減少していますが、いろんな頭の打ち方がありますから、頭部を冷やしていいかどうか、それについてもわからないんです。33℃は寒いですから心臓に負担をかけ、若い人ならまだしも、高齢者の体にはストレスとなります。心臓は心電図などで調べられますが、脳は意識の有無を見るしかなく、それ以外にパラメータがないんですよ。
高齢化している患者さんの多い昨今、冷やすということは、守ると同時にストレスも与えているんです。風邪を引いて熱が出るのは体の防御反応ですから、不用意に解熱剤は使わず、頭をやられての発熱は抑えたほうがいい。でも何℃がいいか、根拠がわかっていないのが現状です。
ほかにも今学会のターゲットとして、脳卒中の時に熱が出ないようにする体温管理、正常温度を維持することも取り上げますし、さらにはセプス(Seps)、敗血症で熱が下がってしまうことに対して、平温に強制的に戻したほうがいいのかもしれませんが、体温をコントロールすることがいいのかどうか、私自身にもわからないことがあります。さらには意識のない新生児。冷やしたほうが絶対に良いと言われていますが、そのこともターゲットにしたいです。
当大学は救急医の教育を重視しています。そのために大事なのは、救急の患者に対して、ベストで的確な治療が、迅速に、世界標準で出来ることです。それができるようになってもらうために大学の救命救急センターはあります。我流でどうにかできてもだめなわけです。
また、ほかの学部の学生や地域の人たちに防災士になってもらう講座があり、講義の一部を受け持っています。受講者の多い人気がある講座で、阪神淡路大震災や3・11の震災もあって、いろいろ思うところもありましたが、地域防災のためにと思い、続けています。