地域の「ハブ」となる病院に
福岡県八女郡広川町で病院や介護老人保健施設、サービス付き高齢者向け住宅などを運営する医療法人八女発心会。姫野病院は、その中核的な役割を果たしている。2013年に30代の姫野亜紀裕院長が就任、2015年には新病院が完成した。柔軟な発想と行動力で同院をけん引する同院長の取り組みを聞いた。
◎退院先をつくる
当法人にある老健やサ高住は、すべて退院支援の一環でつくりました。それまでは、ニーズに合わない場所に退院していくケースもあったためです。今、法人内の施設では夜間を含めた24時間、看護師が対応し、看取りも可能です。
当院の訪問看護ステーション所属の看護師18人が、法人内外の施設や自宅で過ごす患者さんを診ています。薬剤師やリハビリスタッフによる訪問もしており、必要に応じて増員していくつもりです。
◎ナースカー、家屋調査で高める在宅の限界点
介護施設や自宅にいる患者さんが急変した際、当院から迎えにいく「ナースカー」を導入しました。受診時の4〜5時間、施設などの看護師や介護士が付き添うのは、施設側にとっては大きな負担です。そこで、こちらから出向くことにしたのです。
24時間365日の対応で、月30件ほどの利用があります。これによって、在宅の限界点も高めることができていると思います。
退院前の家屋調査、環境調整にも力を入れています。コストに見合わないと敬遠されがちですが、それをしないと、自宅に戻せる人であっても戻せない状況が生まれてしまう。当院のリハビリスタッフ2人と患者さん本人が一緒に自宅に行き、手すりなどの設置状況などを確認しています。
◎地域の介護力を上げる交流勉強会
地域の介護関係者に向けた「地域交流勉強会」も3年前から月1回開いています。医療のことがわからないと、患者さんを地域で見守っていくことはできません。感染症予防のノウハウや経管栄養の実際、フットケアの方法や褥瘡(じょくそう)を防ぐ体位交換の仕方など、介護職の方などに知ってほしい医学知識を伝えています。
今は毎回40人ほどの参加があり、これによって医療職・介護職の顔の見える連携にもつながってきています。
◎個室化も在宅支援
新病院の病室をすべて個室にしたことも、在宅支援の一つだと考えています。同部屋の人に気兼ねする必要がないため、見舞い客が増えました。
家族が頻繁に病室に来てくれることが、結局は退院のしやすさにもつながってきます。病院が「うば捨て山」のような場所になっては良くないと思うのです。個室にしたことで、インフルエンザなどの感染症が広がることがなくなったというメリットもありました。
◎法人内合計特殊出生率2.43
5年ほど前に院内保育所をつくり、第二保育所設置も計画しています。病児保育もあり、これらの取り組みで採用しやすく、妊娠退職も少なくなっていると感じています。
ここ3年ほど連続で妊娠退職はゼロ。しかも未曽有(みぞう)の出産ラッシュで、法人内の合計特殊出生率は2・43です。戻ってきて続けやすい環境があるということでしょうか。
ただ、人材の確保だけを考えればいいということではありません。労働生産性を上げ、各職種が専門性を発揮した仕事に集中できる環境をつくることが、それと同じぐらい重要だと考えています。
◎設備投資や工夫で労働生産性アップ
無駄をなくし、労働生産性を上げるための一策として、一フロア一チャンネルのインカムを導入しました。
勤務時間は480分。電話をかけたけれどいなくて再度かけ直すことや、その人を探しに行くことなどに3分かけていたら、勤務時間の160分の1が無駄になってしまいますからね。整備費用はおよそ600万円。少なくとも数年間使えることを考えれば、人員を増やすより効率的です。
各フロアの備品の置き場所なども統一するよう徹底しました。備品を借りに行った時や部署異動があった時、探す手間や人に聞く時間、教える時間がもったいないからです。月に1回看護師長がラウンドして、すべて同じ位置にあるようにしています。
薬剤師の労働生産性は3年間の取り組みで100%ほどアップしました。例えば、それまではラベルに「氏名、日付、朝昼晩」を打ち込んで、1個1個の薬に付けていた服薬管理の方法をウオールポケットに入れる方法に変更。病室に置いている移動式のクローゼットにかけられるようにしました。患者さんにとっては服薬のリハビリにもなっています。
◎専門性発揮のためのメディカルクラーク
メディカルクラークも導入しました。私は回診時にインカムを持ち歩き、その場から薬の処方や検査をオーダー。メディカルクラークがインカムで話した内容を入力してくれるので、それまで回診後にしていた入力作業の必要がありません。
訪問診療時には、スマートフォンから音声メッセージを送って終了です。カルテ入力は音声メッセージを使い、メディカルクラークが済ませます。
電話を受ける回数も減らしました。医師と病棟間をメッセージの送受信ができるアプリを使い、急ぎではない用件の時には、電話をかけたり受けたりしなくて済むようにしています。
それまでは1日80回ほど電話がかかってきていました。でも今は、メッセージを送っておいてもらえば、時間ができたときに返信できます。電話をかけ直したり、待たせたり待たされたり、そういう細かい時間も、ばかになりませんからね。
◎用事がない人も来る病院に
この病院を病院以外の機能を持たせた「地域のハブ」にしたいと考えています。
有償ボランティアもそのための取り組みの一つです。ここに通えば何か人の役に立てて、少し"お小遣い"ももらえる。さらにリハビリや介護予防にもつながる。そんな場所になればと思っています。
施設入所者の方にも、本人なりの役割を持ってほしいと願っています。今はいったん介護が必要となったら、お世話されるだけの人になってしまう傾向がありますが、本来はそうではないはずです。高齢者の比率が高くなっている時代です。うまくコーディネートすることで、その人たちの力も活用でき、お互いに支え合える社会をつくっていけるのではないでしょうか。
また、当院1階外来には、漫画を約3700冊置いています。古い家庭用テレビゲーム機もあり、用事がない人にも来てもらえる病院にして、ヘルスケアに関する情報に触れてもらえるようにしたいと考えています。
今後、保険診療が衰退していくと予想されます。自由診療が増える中、住民が自発的に予防や治療の方法を選べるような情報を提供していける場所にしたいと思っているのです。