仁愛の精神をもって心の通う医療を実践
水と緑に恵まれ、四季の変化に富んだ里山の景観が残る広島県庄原市。1987(昭和62)年の創設以来、30年近くに渡り、地域の高齢者医療を支えてきた庄原同仁病院の村尾文規院長と西村美智子事務長に話を聞いた。
◎高齢者医療の現場は人生を学ぶ場
【村尾文規院長】
当院に赴任するまでは、地域の急性期医療を担う庄原赤十字病院で産婦人科医として勤務していました。定年を迎え、声をかけていただいたときは正直迷いました。
ちょうど産婦人科医不足が社会問題になっていた時期でもあり、常勤ではなく勤務形態を変えて庄原赤十字病院に残るという話や、または近隣の病院に非常勤として移って産婦人科をサポートするという話もいただいていたからです。
しかし、常勤として腰を据えて患者さんを診たいという気持ちが強く、高齢者医療への関心も高まっていた時期でもあったので、産婦人科医としての仕事に区切りをつけ、本格的に高齢者医療に取り組んでみることにしたのです。
現在は、院長としてだけでなく非常勤医として婦人科も診ています。
急性期病院と当院のような療養型の病院では、提供する医療の内容が違います。私は人の死を見るのが怖くて産婦人科医を選びました。お母さんのお腹の中にいる、頭殿長わずか5㍉しかない赤ちゃんの心臓がピクピク動いているのを見て、理由もなくほっとして、幸せを感じたものです。それが180度変わって、人間の「生」の対極にある「終焉(しゅうえん)」を見とどける立場となったため、赴任当初は「自分にこの仕事が務まるだろうか」と不安を感じることもありました。
そんなとき、患者さんのご家族から「病院に連れて来たときと私が帰るときでは、おばあちゃんの表情がすっかり変わってとてもおだやかな顔になっています。ありがとう」と笑顔で感謝の言葉をいただいたのです。
不思議に思い、介助の現場をのぞいてみると、食事や排せつの介助をするスタッフたちがまるで自分の親に接するかのように、「おはよう、今日は寒いね」「しっかり食べないと元気になれないよ」などと患者さんに話しかける光景を目にしました。
患者さんの中には、話しかけても声を発することができない人や反応のない人もいます。それでも、愛情を持って接する職員の思いはちゃんと伝わっている。急性期病院にいたときにはできなかった経験で、そのときの感動は今でも忘れられません。
こうした患者さんのご家族の言葉、スタッフたちの献身的な姿によってそれまで私が抱いていた死と向き合うことへの恐怖心は打ち消されました。
入院されている患者さんの中には、「家に帰りたい」「病院のベッドで一生を終わりたくない」そう願っても叶わない方もいらっしゃいます。そこで、この病院が一つの家庭だとしたら、われわれは患者さんにどのように接するだろうかと考え、①優しい言葉②笑顔③おだやかな心、この三つの言葉をキーワードにして患者さんに接するよう心掛けてきました。
また、仕事に対するモチベーションを維持し、高めていくための大きな指針として、「わたくしたちは、すべての人に等しく仁愛の精神をもって接し、心の通う医療の実践に努めます」という基本理念も掲げました。
「仁愛」にはさまざまな解釈の仕方がありますが、私は「仁愛=慈しむ」という意味に受けとめています。慈しむとは人を大事にすること。人を大事にできない人は、自分も人から大事にしてもらえません。人は誰かの助けなしには生きていけないのです。
今は他人の手を借りなくては食事や排せつもままならない患者さんも、かつてはそれぞれの立場でそれぞれの役割を必死に務めてこられた方たちです。今はお世話をする立場の職員たちにも、いずれは他人の手を借りなければならないときが訪れるのです。
高齢者医療の現場を「3K」だという人がいます。そう思えばそれまでですが、考え方を少し変えるとこんなに人生が学べる職場はありません。そのことに気づく職員が増えれば、医療の質も高まり、地域に貢献できる病院にもなれる。そのために、これからもこの仁愛の精神を職員たちに発信し続けていきたいと思います。
◎地域における役割と今後の課題
【西村美智子事務長】
村尾院長が当院にこられてすぐ、病院機能評価を受審しました。一つの目標に向かって全員が一致団結して必死に取り組み、評価を受けたことは職員たちにとって大きな自信になりました。継続して受審することで提供する医療の質も維持できていますし、より向上していくためにもぜひ続けたいと思っています。
当院はもともと、この地域の高齢者向け入院施設として建てた病院です。在宅では診られない高齢の患者さんを引き受けることがわれわれの役割ですので、入院施設としての機能をより充実させていきたいですね。また、PT(理学療法士)の人員も増えてきましたので、そろそろ訪問リハビリなどにも取り組みたいと考えています。
これからも、在宅看護や訪問看護をされている庄原市内の事業所の方たちと良い連携をとりながら役割分担をしていきたいと思います。
庄原地域の人口は減少していきますし、医師や看護師の不足など様々な問題を抱えています。当院の常勤の医師は2人だけで、あとは非常勤の医師に来ていただいています。高齢者医療に関心のある先生にぜひ来ていただきたいですね。
質の高い医療を提供するには、職員自身の生活が充実していることが不可欠だと思います。それぞれがいろいろな悩みを抱えているため、ストレスなく働ける環境づくりも大きな課題です。職員の負担軽減のためには十分な人員確保が必要ですが、庄原市の高齢化率は39.1%。人口は減少傾向で、職員確保も難しい状況です。一人でも多くの医療者に来てもらえるよう、魅力ある病院づくりに取り組んでいかなければなりません。
豊かな自然に囲まれた当院は、療養に適した癒やされる環境が整っています。これからも、職員一人ひとりが「仁愛の精神をもって患者さんを看る」ことを忘れず、患者さんやご家族に"優しさ"や"癒やし"を感じていただけるよう努力していきたいと思います。
医療法人ながえ会 庄原同仁病院
広島県庄原市川北町890-1
TEL:0824-72-7300
http://nagaekai.com