若い医師に責任ある立場を経験させる

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特定医療法人明徳会 佐藤第一病院 中原成浩院長

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中原成浩(なかはら しげひろ)
1980 東京慈恵会医科大学卒業、
1982 同脳神経外科助手以降、神奈川県立厚木病院、静岡県共立蒲原病院、大森赤十字病院に勤務し
1988 米国ノースウェスタン大学付属子供記念病院留学、
1992 東京慈恵会医科大学脳神経外科講師を経て 1995 医療法人明徳会佐藤第一病院副院長、
2003 から同院長。

医師の世界では技が大事なのかという質問に対し、「いかに技量があっても、人間性に欠けたらうまく治せません」と言われた。この考えに合致する若い医師が、院長に魅かれやってくる病院なのだろうと思った。

佐藤第一病院では現在外来棟の老朽化に伴い、機能移転のための立て替え工事を行っている。来年の5月に完成予定らしい。

―先生の面白いエピソードを教えて下さい。

いきなりだなぁ。面白いエピソードなんか持ってないですよ(困)。

僕は生まれも育ちも東京......というのが、九州では珍しいくらいでしょうか。大学も東京です。妻も静岡だし、本来縁はなかった。その程度です。

―東京からなぜ宇佐に。

僕は脳外科なんですが、この病院には元々脳外科はありませんでした。そしてこの病院に脳外科を作ったのは僕ではありません。

僕には大学の後輩で、すごく仲の良い飲み友達の先生がいました。宇佐の隣りの中津出身で、同じ脳外科だった。でも学年が一つしか違わないので、一緒に仕事することがなかったんです。今と制度が違いますからね。佐藤第一病院病院は脳外科を作ろうと、彼を頼りました。それで、彼が脳外科を作ったわけです。そして2年ほどして、一緒にやろうと僕を誘ってきました。

―簡単に決めましたか。

僕は当時、慈恵会医科大学に勤め、それなりの役職をしていましたし、家族もある。だから悩みました。ですが「好きにしていい」と妻が言ってくれたので、僕も彼の夢に乗ることができました。そういう経緯で、この病院に来たのです。2人でああしよう、こうしようと話すのは、楽しい毎日でした。

僕が来て半年ほどで彼は亡くなったので、彼の遺志を継いだということになります。大学からは帰って来いと言って頂きましたが、帰らなかった。それでもう20年近くが経ちました。僕はこの街が気に入っています。人がいいですからね。

それから1人でやっていたわけですが、それを見た後輩たちが助けに来てくれる。そのまた後輩も助けに来てくれる...という流れで、徐々に病院の脳外科を発展させていきました。今いる2人の先生も大学の後輩です。長年の苦労の甲斐があって、大学の関連病院にもなりました。先生を呼びやすくなりましたね。

20年前の脳外科医は、リハビリにあまり関心を持っていませんでしたが、僕は脳外科医として重要性を知っていた。だから2人しかいなかったPTをすぐに増やしてもらいました。今ではリハ全体で60人くらいいますね。

―大きな作業療法室がありますね。

今では手狭ですけどね(笑)。PTだけではなく、OTやSTも、今では数がそろってきています。数といい質といい県北ではあまりない大きな規模のリハビリです。といっても、今はまだ夢の途中というところでしょうか。

STは現在7人ですが、患者さんが入院したらまず口の中を綺麗にしてもらっています。歯医者さんにも出入りしてもらっていますが、いつもは診てもらえるわけじゃないですし、歯科衛生士もいませんから。

フットサルや野球をやったり、ゴルフに行ったりと、リハの連中は仲が良くてうれしく思います。院長という立場ですが、うらやましいので仲間に混ぜてもらっています。その時は彼らの方が立場は上ですね(笑)。

患者さんのことは彼らが看護師と同じくらい良く見ているし、「今日あの患者さんの調子どう?」なんて訊いていますよ。彼らが見た患者さんの情報が僕ら医師に伝えられ、それを基により良い医療が提供できています。現場から情報が上がってくるというのは、強い部分です。

―脳外科に力を入れた病院なんですね。

神経系という意味でそうです。ここは神経内科もあるし、リハビリは僕の理想には必要でしたから。自分の専門領域なので、医師の良し悪しが分かるというのもありますね。良い人を集めやすい。

―医師の確保に苦労はありましたか。

それはありますよ。こんな田舎なんですから。ここは慈恵会医科大学から医者を連れて来ることが多いのですが、関東から九州に人を呼ぶのは簡単なことではありません。

しかし若い先生にとってみれば、豊富な症例を自分で手がけることが出来るというのは大変な魅力です。大学病院ではやらせてもらえないことも、僕ならば任せる。まぁ、そうやって責任ある立場を経験させてあげれば、来たいと言う医者はいるものですよ。こんな田舎にでもね。

まかせられるということは、きついことです。でもみんな好きで医者になったわけですから、そんなのつらいとは思わないですよ。そして、上の先生にああしろこうしろと言われていることがいかに楽か、ということも知るわけですね(笑)。

来やすいように期間は区切って呼びますが、先輩の経験を聞いてその後輩も興味をもってくれるので、今は順調に確保が出来ています。

「後輩を大事にしなきゃならない」というのが僕のモットー。先輩に媚を売る人が多いけど、どちらかを接待するというなら、僕は後輩にやっちゃいますね(笑)。託せる奴に受け継いでもらうほうが医療はつながっていくじゃないですか。僕たちがやってきた医療を継いでくれる人を、僕は大事にしますね。自分より能力の優れた後輩ならばもちろん尊敬できるし、そうなってくれたら嬉しいです。

―最後に趣味を。

僕は動物が好きなので、犬を飼っています。それと散歩したり遊んだりするのが趣味。

レトリバーは3種あって、ゴールデンとラブラドールは警察犬や盲導犬にも採用される賢い犬です。飼っているのはあまり日本にいない犬で、フラットコーテッドレトリバー。40㌕くらいありますよ。これは賢い犬じゃない。だから可愛らしくてね(笑)。性格がおとなしくなくて、走り回っている。やんちゃなんですよ。もう、大好きですね。

動物は昔から好きで、獣医になることも考えました。でも彼らはしゃべれないから、余計に死ぬ時かわいそうでね。それで獣医にはなれませんでした。


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