「 研究開発型医療」と「高度な標準治療」を両立する責務がある
2015年4月、九州大学大学院医学研究院臨床・腫瘍外科(第一外科)に新たな教授が誕生した。前川崎医科大学消化器外科主任教授の中村雅史氏。就任から1年を前に、中村教授をたずね、自身の専門や目指す方向などを聞いた。
膵がん、胆道がんの治療率を上げる
専門は、胆道がん、膵臓がんです。この治癒率をできるだけ上げるというのが、最終目標です。
膵臓がんは、近年世界中で患者が増えています。見つかった人の中で3割前後の人しか切除できず、治る人はさらにそのうちの2〜3割。できるだけ早く見つける「診断」と、進行した人も治す、再発率を下げる、切除率を上げるという「治療」の両面で、進歩が必要です。
最近、研究が進み、リスクファクターが、かなりわかってきました(=左下表)。
膵がんリスクファクター
家族歴:膵がん 遺伝性膵がん症候群
合併症:糖尿病 慢性膵炎 遺伝性膵炎 膵管内乳頭粘液性腫瘍 膵のう胞 肥満
嗜 好:喫煙 大量飲酒
日本膵臓学会『膵癌診療ガイドライン』より
気をつけないといけないのは糖尿病。それも、初めて指摘された時と、治療を今まで通り続けていたにも関わらず急に増悪したという時は、膵がんを合併している可能性があります。
また、膵のう胞、特にIPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)は、膵がんを合併しやすいと世界的に言われています。それを世界で最初に発見したのは、この教室の先代教授、田中雅夫先生です。IPMNは、それ自体が膵がんになることもありますが、全然違うところにも膵がんを合併する。しかも、IPMNを切除したから膵がんができなくなるわけではないのです。
私たちの役割は、このようなリスクファクターを開業の先生方に伝え、「こういう人がいたら、膵臓を一度は調べてください」と啓発活動をすること。それが早期発見に結びつくかもしれません。さらには、膵がんがあり通常の切除ができる人は、確実に安全に手術をすること。また、局所進行の場合には、集学的治療でがんを小さくし、切除に持っていけないかということを、今、模索しています。
胆道がんは、欧米では少ない病気で、昔からアジアのほうが多い。とは言っても、発症数は他のがんと比べ、それほど多くはありません。しかも、胆道とは、胆汁が流れる道筋すべてを指すため、胆道がんと一言で言っても、胆管(肝内胆管、肝外胆管)、胆嚢、十二指腸乳頭部と、がんができる場所も違う。数が少なく部位もさまざまで、性質も各々異なるため、研究が難しいがんです。
私たちは、門脈塞栓術で残存予定の肝臓を大きくして、術後の肝不全を予防するなど、根治術が安全に成立するよう努めています。
外科医に向くのは心配性な人
若い人に伝えるとすれば「術中に悩まず、術前に悩め」ということですね。
特に肝胆膵の領域は、手術が難しく危険性も高い。構造の複雑さもありますし、膵臓の場合は膵炎などの状態によって手術のやりやすさがものすごく変わってきます。さまざまなファクターで、一例一例、全然違うんですよね。
ですから、術前に十分に悩んでよく考えることが、安全への早道でもあるし、上達する早道でもある。術前にしっかり検討した上で、手術中にわいてくる疑問は、深い疑問。それを術後に検討することで上達すると思います。
私も、今でも悩みます。難しい場合、手術でがんを取れるか取れないかギリギリの場合...。画像を見たり、3D構築した画像を回転させたり。手術前に、勝負は8、9割決まっています。
外科医は心配性でないといけないんです。手術には予想外のことが起こりえます。「あんなことがあったら」「こんなことがあったらどうしよう」と心配して対処法を調べたりする中で引き出しができ、たいがいのことに対処できるようになっていきます。
難しいほどやりがいがある
私たちの年代は、ブラックジャック世代。外科医になった人は、ほぼ全員、読んでいるのではないでしょうか。
私の親は公務員でした。医師の家庭で育ったわけでない人間にとって、ブラックジャックのイメージは強烈でしたね。「医者になるなら、外科しかない」と思いました。
肝胆膵を選んだ理由は、当時、難しい領域だったからです。肝臓について言えば、がんが安全に取れる術式がやっと確立されたころでしたし、膵臓に至っては、手術によって、ものすごい合併症が起こる上に治らない、という状況でした。難しければ難しいほど、やりがいがある、という思いでしたね。
九州大学臨床・腫瘍外科は、世界の外科医療を先導できるような最先端の「研究・開発型医療」と、地域医療に貢献する意味での「レベルの高い標準治療」を両立する責任があると思います。どちらかだけでは、だめでしょう。そのためにも、医療者の皆さんのご協力とご援助、ご助力をお願いしたいと思っています。