膵臓がん治療の現在地
九州大学臨床・腫瘍外科(第一外科)は乳腺・内分泌、呼吸器、食道・胃、大腸、肝胆膵(すい)など幅広い領域を担っている。
同科の中村雅史教授に、膵臓がんについて聞いた。
―膵臓がんは、とても発見が難しいがんだと言われています。地域の開業医が気をつけるべきことはありますか。
膵臓がんは、初期の段階では自覚症状がほとんどありません。体重減少や背中の痛みが出るなどの症状が出た場合は、残念ながら、かなり進行していると言えるでしょう。
だからこそ早期発見が重要です。突然、血糖値が上がったり、糖尿病になったりした時は、膵臓がんの疑いがあります。
ハイボリュームセンター(膵臓がんの年間手術症例数が多い施設)ほど 、治療成績がいいという調査結果が出ています。
開業医の先生方には「これはおかしい」と感じたら、速やかに膵臓がんを専門にするハイボリュームセンターに患者さんを紹介することをお勧めします。
早期発見以上に大切なのが予防です。喫煙や過度の飲酒は発症リスクを高めます。飲酒によるアルコール性慢性膵炎になってしまうと、膵臓がんの発症リスクが、健常時の12倍になると言われています。
また、アルコール性慢性膵炎になると、膵臓が石灰化してしまいます。そうなるとCTで腫瘍を確認するのは極めて困難です。
少し意外に思われるかもしれませんが、エコーはCTよりもがんが見えやすい場合があります。もちろんCTに比べるとエコーは死角が多いので「見える範囲内で」という条件付きではあります。
またエコーによる検査を頻繁にやってもらえれば、CTに比べてがんを発見しやすいだけでなく、コストが安いため医療費削減につながるというメリットもあるのです。
―大量のアルコール摂取が、膵臓がんのリスクになるというイメージはありませんでした。
大量にアルコールを摂取する人の中には「肝機能を表す数値が正常だから自分は健康だ」と思う人が実に多い。しかし、食道や、膵臓には間違いなく負担がかかっているのです。
膵臓がん同様、食道がんのリスクファクターにも飲酒と喫煙が挙げられます。開業医の方は患者さんに対して大量飲酒の禁止 と禁煙を勧めてもらいたいですね。
膵臓がんに限らず、消化器がん全般の知識の啓発をするために地域の開業医の先生を集めたセミナーも年に2回程度開いています。
―り患者数と死亡者数が非常に近いのも特徴ですね。
2014年の膵臓がんの、り患者数は年間3万5千人弱。死亡者数は3万2千人弱です。手術可能な人が、り患者のうちの3分の1程度、手術した人の5年生存率が3分の1。り患者全体で見ると5年生存率は1割弱です。
従来、手術ができない人は転移が認められる人と、局所進行がある人でした。
これまで局所進行がんとされていた中に、BR膵がんと呼ばれるものがあります。手術できないことはありませんが、腫瘍を完全に取りきれずに術後高率に再発するタイプです。 BR膵がんは、近年の抗がん剤の進化や、術前に抗がん剤を投与して、がんを小さくしてから手術するなど抗がん剤の使い方を工夫することで予後が改善するのではないかと期待されています。
がん治療は「外科手術」「放射線治療」「化学療法」の三つが「三大療法」だと言われています。その三つに加えて近年では「免疫治療」が加わりました。
免疫治療は現在のところ、膵臓がんに効く可能性は低いと言われています。
しかし今後も研究を進めていけば、そう遠くない将来、膵臓がん治療が飛躍的に進化する可能性があるのです。
―今後の課題は何ですか。
私たちは低侵襲な治療の提供を心がけています。手術をしたはいいが術後の状態が悪く、日常生活に支障をきたすようでは意味がありません。また術後の状態が悪いと抗がん剤治療などの補助療法もできなくなるのです。
今後は手術、抗がん剤、放射線を組み合わせた集学的治療にこれまで以上に注力しなければならないと考えています。
またこれまでは手術適応から外れていた転移性の膵臓がん治療にも力を入れなければなりません。例えば、肺転移を伴う膵臓がんは、条件次第ですが肺転移部分の切除後にも再発しないことが多いという報告も増えてきています。少しずつ、膵臓がん治療の可能性が広がってきていると言えるでしょう。
膵臓がん治療も進化の途上にあると言えます。いわば時代の転換期に差しかかっているとも言え、私たちは歴史の目撃者どころか登場人物になりえる可能性をも秘めているわけです。とてもやりがいがある領域ですね。
2016年に「Annalsof Surgery」誌に発表された日本全体の膵頭十二指腸切除後の在院死亡率は2・8%と、意外に高い数字でした。
九州大学臨床・腫瘍外科では、チーム医療による手術の安全性に力を入れており、2010年1月〜2017年6月まで経験した連続する440症例で亡くなった患者さんはいません(死亡率0%)でした。これからも、より安全な医療を追求していきたいと思っています。
九州大学大学院 臨床・腫瘍外科(第一外科)
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