多文化間精神医学会について黒木医師に聞く
6月23日と24日、九州大学医学部百年講堂で開催された第19回多文化間精神医学会学術総会(大会長=神庭重信九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野)で、黒木医師は教育講演とセミナーの座長を受け持った。
写真は講演する慶応大学文学部の北中淳子准教授と、座長の黒木医師で、演題は「うつ病のグローバリゼーション、精神医学で文化を問うこと」。
「世界の異なる文化や地域で独特の精神障害のあることはずいぶん前から知られている」と黒木医師は語る。
グローバル化の時代をむかえて世界のさまざまな地域で固有の文化が揺らぎ、人々の精神活動に影響を与えている。その中でうつ病が世界的に増えていると黒木医師は指摘する。今回特に脳を取り上げたのは、関心の高まっている脳科学をもっと多面的に考えるため。
「日本が世界に類を見ない高度成長を遂げる中で、日本の精神科医は社会変化にともなう病像の変化に敏感だった。昨今のように精神障害が医療の中で大きな比重を占め、一般の人たちも治療を求めてくるようになって、従来のような、ごく一部のアカデミックな議論がオープンになってきた。そこで注意しなければならないのは、引きこもりでもうつ病でも、社会的な影響や時代の変化だけで片付けてしまうと、個別の患者が見えにくくなる。『ゆとり教育が若者のうつ病を生んだ』など、すぐに一般化することには問題がある。多文化間精神学会の研究者は、生物学的なレベルでの病、人を抱える家族や地域社会の価値観とグローバル的な変化を多面的に見ている」と述べた。
講演した北中准教授について、日本の精神医学の領域でパイオニア的存在とし、「日本と北米の典型的なうつ病は非常に異なっていることを彼女から教わった。日本では働き盛りで生真面目な人が過労で発症するとされ、労災として認められているが、北米では何かを喪失した時に起こる悲しみの病。『空の巣症候群』と言われるように、子供が手を離れることによる中高年女性たちの寂しさと悲哀、あるいは男女差別で能力の高い女性がうつ病になるというのも典型例」と話し、「私が米国留学中に、日本での働く男性のうつ病のケースを示したら、『それはうつ病ではない』と言われた」と語った。
そして多文化間精神学会の特徴の一つのに、国際交流交流ができることを挙げ、「国際交流の中で各国におけるメンタルヘルスの現状を知ると、島国の中だけで考えていたことを違う視点で見ることができ、日本の社会にとっても大きなメリット」と話した。さらに東日本大震災について、被災地で暮らす人に心のケアへの抵抗感が強かったのは、弱い人間だと思われるのは恥ずべきことだという東北特有の伝統的な価値観があったからではないか、PTSD(=心的外傷後ストレス障害)が少なかったのも、我慢し、押し殺しているのであり、もっと長い目で見る必要があると語った。