自分の「良さ」を見つけてほしい
坂之上病院の精神科医療を軸に、病気や障がいを持つ人が「地域で自分らしく暮らす」ための支援に注力する医療法人陽善会。就労機会を提供する「いっぽいっぽ」、そこで作られたとうふやスイーツの直売所「豆富家ようぜん」ー。小城卓郎理事長に「患者と社会の接点」というテーマで話を聞いた。
―近年の「ようぜん」の取り組みはいかがでしょうか。
できるだけ多くの方に「ようぜん」のとうふを楽しんでもらいたいと考えています。ただ、賞味期限は3日と短いため、どうしても販売対象が限られます。
そこで、おからを活用して何かできないかと考案したのが「おからチップス」です。おからを平らに伸ばして焼き上げたもので、賞味期限は3週間。なかなか好評です。
また、おから茶も開発しました。じっくりと時間をかけて煎り、味わいとしてはほうじ茶に近いのではないでしょうか。ティーバッグなので気軽に飲むことができ、ヘルシーな点も特徴です。
鹿児島市内のスーパーや、宮崎県の旅館などから、商品を置いてみませんかという話をいただいています。今年、福岡で開かれた食品展示会にもオファーを受けて出展しました。
マルシェやオーガニックフェスタに参加する機会も増えました。新しいつながりがどんどん広がり、地域の外にも少しずつ私たちの商品が「歩き始めて」いることを実感しています。
2017年12月、当院の向かいに調剤薬局がオープンしました。薬局内の一角で「ようぜん」のとうふを販売していただいています。患者さんだけでなく、地域の誰でも利用できるようなスペースにしていきたいとイメージしてくださっています。
やはり、自分たちが作った商品が店舗に並んでいるのを見ると前向きな気持ちが引き出され、実際に「おいしい」という声を聞くことが生きがいにつながる。少しずつ社会と触れ合うことのできる場面を増やしていきたいと思っています。
商品開発については調理師の施設長が中心となって、みんなでアイデアを出し合っています。病院のスタッフの意見も参考にして、試行錯誤を経て商品化に至ります。
商品の販売実績も少しずつ伸びています。「いっぽいっぽ」の利用者は20人。商品の種類も増えていますが、まずはこのメンバーで、できることをしっかりやるというのが基本です。日持ちのする商品も加わりましたので、今後はインターネット販売への展開も視野に入れています。
「いっぽいっぽ」は就労継続支援A型事業所。2018年度にB型事業所の開設を計画しています。事業内容はクリーニング業で、病院のリネン類などを担当してもらおうと考えています。
また、もっと先の話ですが、当院の隣接地にグループホームを建設する計画も検討中です。国の大きな方針としては「在宅」という流れがありますが、特に高齢の入院患者さんの中には、退院してすぐに地域に戻るのが難しい方も少なくないのです。そうした方々を受け入れる役割を担いたいと考えています。
―生活訓練事業所「生活サポートコパン」のプログラムについて。
「コパン」は精神科病院を退院した方などを対象に、日常生活に必要な調理や掃除といった作業を仲間と交流しながら身に付けていく場です。発達障害の方に合わせたプログラムを作成するなど一人一人の力を伸ばせるよう努めています。
好評なプログラムの一つは、季節に応じた創作活動です。5人ほどのメンバーが集まって、共同でガラス細工や看板製作など、一つのものづくりに打ち込みます。
グループワークとしてスピーチのプログラムも用意しています。みんなで世間話をした後、テーマに基づいて一人ずつスピーチ。互いに感想を言い合ったり質問を投げかけたりします。
コパンは「家から出てコミュニケーションを楽しむ場」として機能しているのです。利用者の中には、コパンのお風呂に入ることを目的に通い始めた方もいます。強迫症状がありサポートがないと外出が難しい。そんな人に「お風呂だけでもいいですよ」と声をかけて、少しでもきっかけを与えることができればと思いました。症状に応じた柔軟な支援を心がけています。
鹿児島県内にはコパンのような施設があまりなく、鹿児島市に隣接する日置市、さらにその向こうのいちき串木野市から来る利用者もいます。基本的なグループワークをしっかりと組み立てて、利用者にとって効果的な1日になるよう、準備を整えたいと思います。
生活訓練事業所を利用できる期間は、基本的に2年間と定められています。常に考えているのは利用者の3年後、4年後には、どのような生き方や可能性があるだろうかということ。
コパンを開設してから現在までに60人近くの方が利用され、その後、就労継続支援の事業所で働いたり、障がい者雇用で一般企業に就職したりしている方がいます。一方で、再び家で過ごすことが中心の生活に戻ってしまった方もいます。
コパンで1日が楽しく平穏に終わった。それで良かったとするのではなく、ここでその先の何かを、自分自身の「良さ」を見つけて社会参加してほしいというのが私の願いです。
―今後は。
精神科領域において鹿児島県は、全国的に見ても、長期の入院患者が目立つと言われています。「自宅ではケアすることができない」と入院させた後、ご家族と連絡がつきにくくなってしまう。そんなケースも少なくないのです。
患者さんの地域での居場所をどう整備するかが、これからますます重要な課題となるでしょう。それも24時間、ちゃんと見守ることができるのか。地域の方々の理解は得られるのか。さまざまな要因が関係します。
当院が開設して50年を超える歴史の中で、地域のみなさんがとても温かい目で見守ってくださっていることを感じています。今後も「受け入れられる努力」を惜しまずに地域に貢献したいと考えています。
医療法人陽善会 坂之上病院
鹿児島市光山2-31-76
TEL:099-261-6602
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