骨折患者の減少を全国に先駆けて実現したい
◎ロコモの「入り口」
近年、四肢外傷の症例が急増し、手術件数も増加の一途をたどっています。
当院の整形外科は上肢外科・外傷班、下肢外科・人工関節班、脊椎・脊髄外科班の三つの診療班に分かれています。そのうち上肢外科・外傷班は、2010年には計約300件だった年間の手術件数が、2015年には773件と倍以上に膨らんでいます。この年の整形外科全体の手術件数が1227件ですから、約6割を占めていることになります。
手術の内訳で最も多いのは骨折で59%。特に目立つのは高齢者の骨折です。私の専門領域である手外科でいうと「橈骨(とうこつ)遠位端骨折」の増加が今、非常に注目されています。橈骨遠位端骨折とは、転倒して手をついたときなどに起こる手首の骨折のことです。
これは60歳から70歳の高齢者、とりわけ女性に多く見られる骨折です。というのも、女性は閉経後に女性ホルモンの分泌量が減少するなど、体が大きく変わり、骨の密度が下がります。いわばスカスカの骨になっていくため、骨折の危険性が高まるわけです。症例があまりにも多いことから、橈骨遠位端骨折は「骨粗しょう症になってから1番最初に経験する骨折」とも言われています。
この骨折を経て、骨粗しょう症がさらに進行した80代、90代になると転倒してもとっさに手をつくことが難しくなり、体を地面に打ちつけて大腿骨頚部(けいぶ)骨折や背骨の圧迫骨折などの二次骨折を引き起こすケースが多くなります。そうして最悪の場合、寝たきりの状態になってしまうのです。橈骨遠位端骨折は「ロコモティブシンドロームの入り口」とも言い換えることができるでしょう。
ですから、手術で骨折を治すことはもちろん、次の骨折を予防したり、寝たきりにさせたりしないためには、手術後に骨粗しょう症の治療をどれだけできるかが重要なのです。
◎四肢外傷に強さを発揮
産業医科大学では昨年4月、骨折や脱臼、筋・腱の損傷、じん帯の損傷、神経・血管損傷といった四肢・骨盤の外傷性疾患の円滑な受け入れと早期の適切な治療を目指して「四肢外傷センター」を設立しました。
整形外科、救急科、形成外科、放射線科、麻酔科、リハビリテーション科の各領域の専門医が常駐し、診療科の枠を越えてチームで対応できる体制を整えていることが特色で、私が部長を務めています。
四肢切断の再接着、開放骨折、多発骨折、労働災害、関節内粉砕骨折、骨盤骨折など重度の四肢外傷への対応を得意としていて、上肢外傷については手外科専門医が担当します。
もちろん、重度でない外傷についても対応しますし、四肢外傷センターという明確な名称で窓口を分かりやすくしたことも、当院での手術件数が増えている要因の一つだと考えられます。
2012年に、当院はハイドロキシアパタイトとポリL乳酸の複合体からなる生体内吸収性プレートを用いた上肢骨折手術を世界で初めて試みました。一般的に使用されている金属製プレートは再び手術をして抜き取らなければなりませんが、生体内吸収性プレートはその必要がありません。骨が完全に癒合する目安である6カ月ほどたつと溶け始めて、完全になくなるまでには7年ほどかかります。いずれは、生体内吸収性プレートが主流になるのではないかと思います。
最初の手術から数年がたち、プレートの素材の改良なども加えながら、症例数を重ねています。将来的には例えば、骨形成促進薬を含んだ溶出性プレートが開発できたらと考えています。体内で溶けながら薬を出していくわけですから、より早期の治癒に役立つでしょう。
また、抗菌素材を使用した溶出性プレートができれば、通常なら化膿(かのう)の恐れがある手術でも問題なくできるかもしれません。実現化にはハードルがありますが、夢のある話だと思いますので、さまざまな部位のプレート開発を進めているところです。
手術での3Dプリンターの活用も進んでいます。骨折治療の際、従来は定型の金属製プレートしかありませんでした。3Dプリンターなら折れていない方の手や足の骨をCTで撮影し、そのデータから模擬骨を作成することで、あらかじめ一人一人に適したプレートを用意できます。このようにテーラーメード医療が可能となり、手術時には、このプレートを患部にあてるだけです。
移植する骨のサイズなども予測可能になり、術前のプランニングの精度が上がったことにより、手術時間の短縮につながっています。平均して20分から30分は短縮していますし、出血量も麻酔量も少なくなりますから、患者さんの負担もかなり低減できています。回復も早いですね。
◎継ぎ目のない治療を
団塊の世代が後期高齢者になる2025年が近づくにつれて、整形外科の患者さんも増加する見通しですし、骨粗しょう症によって骨折する患者さんも増えるでしょう。
「骨折の連鎖」という言葉があります。骨粗しょう症の患者さんはもともと体のバランスを崩しているわけですから、ちゃんとした治療をしなければ、骨折を繰り返してしまう傾向があるのです。
ところが医療の分業化が進む現在の状況では、患者さんをトータルで診る医師がいないという問題も起こっています。特に当院のような急性期病院だと、手術した患者さんは数週間でリハビリのために別の病院に移ることが多く、その後、患者さんがどこに行ったのか見失ってしまう。骨粗しょう症の治療をしているのか、手術後の経過がどうなっているのかが分からなくなるのです。このことが全国的な課題となっています。
そこで骨折の連鎖を断ち切るために、当院と福岡県内の健愛記念病院(遠賀郡)、くらて病院(鞍手郡)、芦屋中央病院(遠賀郡)、社会保険直方病院(直方市)、福岡新水巻病院(遠賀郡)の整形外科では、昨年10月に「STOP-Fx」という新しい取り組みを始めました。
「Seamless T reatmentof Osteoporosisagainst Fractures 」、つまり「骨折を起こさないための骨粗しょう症に対する継ぎ目のない治療」という意味です。各病院が、骨粗しょう症が原因で骨折した患者さんと定期的に連絡をとり、治療の状況などを聞いています。必要に応じて病院に来てもらったり、かかりつけ医での診療を促したりしています。
私たちの目標は、日本で骨粗しょう症による骨折が増え続ける中、この地域だけは減少している。そんな結果を全国に先駆けて出したいと考えているのです。なにしろ北九州市は政令指定都市で最も高齢化率が高く、全国平均よりも5年ほど早いペースで高齢化が進んでいますから急務です。
6病院のデータは当院でとりまとめます。骨粗しょう症の治療を続けている人は二次骨折になりにくい。治療できてない人は骨折を繰り返しやすい。今のところそれを証明できるデータがありませんから、明確に比較できる結果が得られることを期待しています。
学校法人 産業医科大学
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