今から30年余前、昭和57年に愛知県一宮児童相談所の矢満田篤二・児童福祉司(80)が始めた、生みの親が育てられない赤ちゃんを大切に育てたいと願う、子どもに恵まれない別の家庭に、特別養子縁組を前提に橋渡しする「新生児里親委託:赤ちゃん縁組」に関する書籍が出版された。
「虐待死の中で最も多い0歳0ヶ月0日の虐待死」、「恒久的な家族の愛情を知らずに施設で育つ子どもたち」、「里親や里子を苦しめ続ける反応性愛着障害という病」。
これらをすべてなくすために、三悪人の一人と呼ばれながらも圧力に負けず、「児童福祉法には赤ちゃん縁組みをしてはいけないとは、どこにも書いてない」との信念のもと、新生児の特別養子縁組を断行し続けた矢満田氏。
その後、後輩の萬屋育子氏(64)が発展的に引き継ぎ、先駆的な取り組みは愛知方式と呼ばれるようになり、平成23年3月の厚生労働省通知「里親委託ガイドライン」の中で、新生児里親委託の実際例として紹介されるに至っている。
著書はこの両氏の共著によるもので、新しい家族のエピソードを交えながら愛知方式をていねいに紹介している。以前から面識のある現在、愛知教育大学特任教授の萬屋氏から謹呈としていただいた。
矢満田氏との出会いは一昨年夏の慈恵病院(熊本)の、「こうのとりのゆりかご」(通称:赤ちゃんポスト)であった。ゆりかごに預けられる寸前で慈恵病院が相談を受け、「赤ちゃん縁組」をした新生児は、愛知県の児童相談所よりも多く、200人を超えた子どもの命が救われていると聞いた。
この愛知方式の最も優れている点は、①妊娠・出産した女性が、赤ちゃんを育てられない自責の念から解放される。②赤ちゃんは、在胎中または生後まもなくから安定した終生の親にめぐりあえる。③里親は、赤ちゃんに恵まれて親になり、不妊治療の苦悩から脱却できるという「三方良し」の制度という点である。
社会的養護(保護者のない児童、被虐待児など家庭環境上養護を必要とする児童に対し、公的な責任として社会的に養護を行う)を要する子どもの数は全国で約4万6千人。このうち約4万人が児童養護施設や乳児院などの施設で暮らしている(平成26年10月1日現在)。
ある県の調査では、これらの児童が社会に出るまで施設で養育した場合の社会的コスト(税金)は一人あたり7千万円から1億円。里親家庭での養育でも2〜3千万円が必要と報告されている。これに対し養子縁組では、早い時期に実子(我が子)となるため、コストは比較にならないほど少額であると言える。
このように、社会的コストの面からも、愛知方式による「三方良し」が全国的に広がっていくことを願っている。(モクレン)