「山形モデル」実現までに乗り越えた壁とは?

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形大学医学部
東日本重粒子センター運営委員会
嘉山 孝正 委員長(かやま・たかまさ)

1975年東北大学医学部卒業、同脳神経外科入局。
山形大学医学部附属病院病院長、同医学部長、
国立がん研究センター理事長、山形大学学長特別補佐などを経て、
2019年から現職。

 2020年秋の本格稼働に向けて「山形大学医学部東日本重粒子センター」の開設準備が進む。市民公開講座でのPR、海外とのネットワークづくりなども展開中だ。北海道・東北エリアで初めての重粒子線がん治療施設。プロジェクトを主導する山形大学医学部東日本重粒子センター運営委員会の嘉山孝正委員長に、実現までの道のりを聞いた。

―これまでの経緯を。

 国内にある従来の重粒子線がん治療施設とは異なる特徴を打ち出す必要があると考えました。

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