ピロリ菌を探求し続ける
―ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)研究の第一人者として、日米で教授を務め、6月開催の学会長も務められます。
6月24日(金)〜26日(日)の3日間、別府市のビーコンプラザで開催される「第22回日本ヘリコバクター学会学術集会」の会長を務めます。
1997年に別府で行われて以来18年ぶりということで大変うれしく思っています。
本学術集会のテーマは「ヘリコバクター学の世界展開」としました。日本をはじめ胃がんが多いアジア地域でのピロリ菌感染の現状について議論し、地球規模に視点を広げることで、世界のヘリコバクター学を確立していきたいと思います。世界各国の研究者も参加します。
また市民公開講座では「ピロリ菌と人類の長い付き合い」と題して私が講演します。会場では、無償でピロリ菌に感染しているかの検査も行いますので、多数ご参加いただけると期待しています。
―研究テーマは大きく分けて2つ。1つ目がピロリ菌の病原因子の研究ですね。世界初の発見があるそうですが。
ピロリ菌は、らせん型のグラム陰性微好気性細菌で、発見されたのは1982(昭和57)年でした。本格的に研究が進んだのは1990年代です。
私がピロリ菌に興味を持ったのは、ピロリ菌にいろいろな種類があると知った1997年ごろです。ピロリ菌は消化性潰瘍や胃がんの原因と考えられていますが、ピロリ菌に感染しても、がんになる人とならない人がいる。つまり、良いピロリ菌と悪いピロリ菌があるのではないか、それが疑問の始まりです。
当時、私は、京都府立大学でピロリ菌の病原因子であるcagAの研究を行っていました。cagA遺伝子には繰り返し配列領域があるのですが日本人のピロリ菌の繰り返し配列は、GenBank(世界的な公共の塩基配列データベース)に登録されているデータの欧米人由来株のピロリ菌と、まったく異なっていました。
1997年に米国テキサス州のベイラー医科大学消化器内科に留学。その研究室は、ピロリ菌の世界的権威である教授の講座でした。
そこにはアメリカのみならず世界中のピロリ菌が大量に保存されていました。これによって、私は、cagAの遺伝子の繰り返し配列の欧米株と東アジア株との違いや、その配列数が疾患と関連があることを確認できました。
これらは世界初の発見として、1998年から1999年にかけて論文として発表しました。
またその後、cagA以外にも病原因子が存在するはずだと考えていた私は、2000年に、胃上皮細胞から、炎症性サイトカインであるインターロイキン8(IL―8)を誘導する能力のある因子を発見。OipA(Outer inflammatoryprotein)と命名し発表しました。
2000年にOipAを発見して以降は、研究資金獲得も使命となりました。2004年には、米国国立衛生研究所の研究費を獲得し、独立した研究室経営を任されるようになりました。
また、2005年、胃がん由来株で陽性率の高いピロリ菌遺伝子を発見し、十二指腸潰瘍誘導遺伝子dupA(Duodenalulcer promoting)と命名して発表しました。
日本人のがんの死亡率を疾患別で見ると胃がんは第3位。アメリカ人の約4倍です。東アジアの菌はほとんどがcagA陽性でOipAを産生する病原性が高いタイプです。胃がんの世界での地域差を病原因子で説明しようとする研究を今後も続けていきます。
―ピロリ菌で人類の歴史も分かるそうですね。
ピロリ菌をマーカーにした人類移動史がもう一つのテーマです。私は、1998年からベイラー医科大学で、アラスカ州のエスキモー族やコロンビアのアマゾン奥地に住む原住民の内視鏡検査を行い、ピロリ菌を採取しました。
cagA遺伝子の塩基配列を調べていくと、一部の菌が欧米型とは異なるクラスター(集合型)を形成していることが判明、東アジアに近いものの同一ではない独自の配列だということもわかりました。
このことはコロンブスの新大陸発見よりかなり以前に、ピロリ菌がアメリカ大陸に存在していたことも明らかにしました。2002年に発表、通説を覆しました。
2007年には、ピロリ菌が、人類と共に約5万8千年ほど前にアフリカを旅立ち、人類の進化と共に移動してきたことをも証明し、Nature誌に発表することができました。
―今後は。
大分大学に着任後も、ベイラー医科大学の研究室の運営を行っています。当講座は「国費留学生優先入学プログラム」に選ばれ、年間3人の留学生を受け入れています。現在、6カ国6人を受け入れています。
胃がん発症率のワースト4は韓国、モンゴル、日本、中国で全世界の7割近くです。7位にブータンが入っていましたが、ブータンには内視鏡設備もなく詳細は不明でした。そこで、2010年、2014年、2015年の3度にわたりブータンに内視鏡設備を自ら持参して検査を行うなどしました。
ブータン以外でも、場合によっては体育館のような場所に内視鏡設備を持ち込んで1日100人の検査をすることも。
現在、「東南アジアにおけるヘリコバクター・ピロリ分子疫学研究:新規病原因子の探求と人類移動の解明」というテーマで研究を続けています。すでに共同研究先は20カ国を超えました。現地に赴いて調査をする「現場主義」が私のポリシーです。
今後も、各国から講座に集まった研究生とともに、世界のピロリ菌を研究し続けます。
国立大学法人 大分大学医学部
大分県由布市挟間町医大ケ丘1 丁目1 番地
☎097・549・4411(代表)
http://www.med.oita-u.ac.jp/index.html