九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

地域住民との連携で構築 超高齢社会の医療提供モデル

公立森町病院中村 昌樹 院長(なかむら・まさき)1985年浜松医科大学医学部卒業。同第二外科、国立療養所天竜病院(現:国立病院機構天竜病院)、公立森町病院外科部長、同副院長などを経て、2002年から現職。  隣接地には森町家庭医療クリニックが建ち、入院医療は公立森町病院が、外来と在宅医療は同クリニックが担う。総合診療専門医のサブスペシャルティに当たる日本プライマリ・ケア連合学会認定「家庭医療専門医(家庭医)」も養成。地域の公立病院の可能性とは。 ─現在に至るまでの診療体制構築の変遷は。  当院は、人口約1万8000人の森町が単独で運営する公立病院です。生活圏内で総合的な医療を提供しようと、機能分化と地域連携を柱に急性期、回復期リハビリテーション、地域包括ケアの3病棟を運営しています。 私は現在の病院建物が完成した1997年に赴任。当初は急性期に力を入れようと、地域連携室の充実や、退院支援部門を設立、医療と介護の役割分担を明確にし、連携を密にしようと考えました。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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多彩なリハビリと緩和ケア 訪問看護・介護も開始

藤田医科大学 七栗記念病院園田 茂 病院長(そのだ・しげる)1985年慶應義塾大学医学部卒業。同大学月が瀬リハビリテーションセンター専任講師、藤田保健衛生大学(現:藤田医科大学)医学部リハビリテーション医学講座教授、同七栗サナトリウム(現:七栗記念病院)病院長などを経て、2018年から現職。  回復期リハビリテーションと緩和ケアに特化し、訪問看護・介護も開始した藤田医科大学七栗記念病院。患者や家族にこれまで以上に優しい病院でありたいと話す園田茂病院長に、治療の特色やリハビリテーションへの思いを聞いた。 ─現在の取り組みは。  回復期に特化した病院運営は変わりありません。全218床のうち、一般病棟48床のほか、150床の回復期リハビリテーション病棟、そして緩和ケア病棟が20床。一般病棟でありながらも緩和ケアの患者さんを受け入れて緩和医療を提供しており、私たちはこれを〝ハイブリッド緩和ケア〟と位置付けています。 緩和ケアを回復期とみなしていいかは議論の余地がありますが、急性期でも慢性期でもないというスタンスを取っています。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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第31回日本末梢神経学会学術集会 煌めく末梢神経学の未来をめざして

 9月11日(金)・12日(土)ホテルスプリングス幕張にて、今や〝コモンディジーズ〟と言える末梢神経疾患の最前線を紹介する「第31回日本末梢神経学会学術集会」が開催される。会長を務める千葉大学脳神経内科学の桑原聡教授に末梢神経疾患の現状、会長としての意気込みを聞いた。 会長 桑原 聡 氏(千葉大学大学院医学研究院 脳神経内科学 教授) 「煌めく末梢神経学の未来」に込めた思い  末梢神経は一つの臓器ともいえるため、それに関わる内科医や整形外科医、そしてリハビリテーションや公衆衛生、基礎医学など、多くの分野の会員から構成されていることが本学会の特徴です。こうしたマルチディシプリナリーな学会は日本の学会ではまれ、かつユニークです。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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障害がある人の未来に向け体と心を支え、共に歩む

神奈川リハビリテーション病院杉山 肇 病院長(すぎやま・はじめ)1982年東京慈恵会医科大学卒業。山梨大学大学院整形外科准教授、神奈川リハビリテーション病院副病院長などを経て、2016年から現職。東京慈恵会医科大学客員教授兼任。  神奈川県の中央部、丹沢山系近くの広大な敷地に建つ神奈川リハビリテーション病院。1973年の開設から半世紀近く、重度障害がある患者を多く受け入れ、「卒業」という名の社会復帰を支援している。 ─病院の特徴は。  当院は、幅広い診療科によるリハビリテーション医療、そして多職種によるリハビリテーション訓練を行ってきました。例えば、「リハビリテーション工学」部門があり、研究部が設置されています。その研究では、動作分析装置があり、スポーツ障害の方の運動解析や義足や装具の製作・評価、車椅子など福祉機器の開発・評価、そして企業と協働で製品の開発支援などを行っています。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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職員の力量を上げ病院の質を高めていく

岡谷市病院事業 岡谷市民病院天野 直二 病院事業管理者・病院長(あまの・なおじ)1975年横浜市立大学医学部卒業。神奈川県総合リハビリテーションセンター、東京大学大学院医学系研究科助教授、信州大学医学部附属病院長などを経て、2015年岡谷市民病院病院長、2018年から現職。  市立岡谷病院と健康保険岡谷塩嶺病院が統合して誕生した岡谷市民病院。病院の移転を経験してきた天野直二事業管理者・院長が病院の運営で大切にしていることは、地域が必要としている医療を提供すること、病院の質を高めることだという。 ―新病院になってからの変化は。  新病院になって、2020年で5年目を迎えます。新しい建物になってからは、職員のモチベーションが上がったように感じています。外来、入院の患者数はともに、右肩上がりを続けており、経常収支は、2011年から8年連続の黒字です。 (続きは紙面でお読みいただけます。ご入用の方は、info@k-ijishinpo.com へお問い合わせください)

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2020年2月新築移転 地域完結型医療を目指す

医療法人伸和会 延岡共立病院宮崎県延岡市山月町5-5679-1 ☎0982-33-3268(代表)http://www.nobeoka-kyoritu.or.jp/  南北に長く、各地へのアクセスが不便な宮崎県。そのため各医療圏の基幹病院はもとより、地元の民間病院の存在が住民の医療を支えている。その一つ、県北にある延岡西臼杵地域の医療を担う延岡共立病院が、2020年2月に新築移転。防災や地域医療における役割について、赤須郁太郎院長に聞いた。 ◎患者さんに寄り添い、地域で完結できる医療を実現する  住宅地が広がる高台に新築移転した、地上6階建ての延岡共立病院。施設の老朽化に伴い、災害時に病院としての責務を果たすため、津波の被害のない高台に移転。耐震構造で、災害用ヘリポートを備えている。長きにわたり、延岡市や周辺地域の医療を支え続けてきた病院として、移転後も地元住民からの信頼に応える姿勢は変わらない。理念には「地元で完結できる医療」を掲げている。 「この延岡市は、この土地で生まれ育ち、地元からほとんど出たことがないという人々が多く暮らす町です。それだけに、この病院に愛着を持って、長く通っていただいています」 赤須院長で3代目。患者は、親、またその親の代から通い続けている人も少なくない。他の病院を紹介しようとしても「ここで治してほしい」と願う患者が多いという。 「新病院建設に当たっては機能的なことはもちろん、患者さんに寄り添ってきた、地域に根差した病院であることを踏まえ、設計をしました」 例えば、多くの患者が利用するリハビリテーションルームは、広いスペースを確保。そこから続く見晴らしの良い屋外スペースには、芝などを植栽した。患者さんが心地良くリハビリができるよう、さらに整えていくという。 管理スペースを中央に配置したICU  集中治療室(ICU)は、患者やその家族に、少しでも前向きな気持ちで過ごしてもらいたいとの願いを込め、外の景色が見える大きな窓を備えた。管理スペースからぐるりと様子を観察できるよう、ベッドの配置にも配慮している。ベッド周りで煩雑になりがちな配線や器具は、赤須院長考案のオリジナルシーリングでまとめた。 病院までのアクセスは、地元バス会社に交渉し、路線バスの乗り入れが決定。高台に移転したことで、懸念された高齢者の「足」も確保できた。 ◎屋上ヘリポートを設置 防災拠点としての役割を果たす  屋上には、防災ヘリコプターが離着陸できるヘリポートを設置した。これは、赤須巖理事長の強い希望で実現したものだという。病院がある延岡市は、宮崎市中心部から車で2時間近くかかるため、大きな災害が起こった場合に、孤立しかねないという懸念があるからだ。 そこで考えたのが防災ヘリにも対応可能なヘリポートの設置だ。 「メディカルロード」と名付けられた1階フロア。災害時にはベッドを置いて対応に当たる  宮崎県防災救急航空センターの防災救急ヘリ「あおぞら」の物資・人員を積載した最大重量を目安にし、対荷重量は5・4㌧と設定した。 また、廊下の幅を広く取った1階フロアは、「メディカルロード」と名付けた。災害時には、多くのベッドを配置するためのスペースになる。予想される南海トラフ地震や日向灘地震といった大規模災害時に、地域を守る拠点としての期待が高まる。 ◎地域住民の一生を支えるために  電子カルテを導入するなど、院内システムを一新。さらには、「次代を担う子どもたちの教育に役立てたい」と、手術室を上から見学できる「見学室」を設けている。手術室の様子を、間近で見ることができるようになった。 赤須郁太郎院長  旧病院の跡地を利用し、訪問看護ステーションを開設。さらに老人福祉施設などの併設も視野に入れている。山間部や過疎地域も多い地域のため、将来的には、孤立しがちな高齢者のために、「ついのすみか」となる場所をつくる構想も描いている。 「機能や施設の充実はもちろん、患者さんに一生安心して通っていただけるよう、地域の皆さんに寄り添う病院であり続けたいと思います」

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地域の役割分担を明確に働き方改革にも着手

社会医療法人喜悦会 那珂川病院吉村 寛志 院長(よしむら・ひろし)1987年島根医科大学医学部(現:島根大学医学部)卒業。米南カリフォルニア大学留学、大腸肛門病センター高野病院、島根大学医学部附属病院、那珂川病院副院長などを経て、2019年から現職。  喜悦会グループの中核を担い、60年の歴史を刻む那珂川病院。162床の中規模病院ながら診療科目は多く、救急から訪問診療まで守備範囲は広い。吉村寛志院長は、社会構造の変化と厳しい医療情勢に対応しながら「地域密着型の病院であり続けたい」と語る。 ―病院の特色と展望は。  患者さんのあらゆる局面に対応できる病床機能があるのが大きな特徴です。162床の内訳は「7対1」の急性期が67床、地域包括ケア25床、回復期リハビリテーション46床、緩和ケア24床。外来は救急、透析、健診センターと間口が広く、病床機能と各種の診療機能を複合して地域の期待に応えていると自負しています。 福岡市南区の南端という立地条件で、創立60周年を迎えられたのは、病診・介護施設との連携があるからです。南区には公的病院、高度急性期病院、クリニックが多く、ネットワークを構築し、役割分担がきちんと機能しています。 当院の役割の一つは1次、2次救急です。年間1200件の救急車搬送があり、少しずつ増加しています。 救急医療を担う病院に共通する課題ですが、常勤医だけで当直体制を組むのが厳しい状況です。大学などの先生に当直に入っていただいていますが、マンパワーの確保は悩ましい問題です。しかし、救急医療をやめるわけにはいきません。1次、2次救急の役割を担い、今のペースを維持していくことが、地域のためになると考えています。 通常の診療においても、産婦人科と小児科以外にはある程度対応できています。新患外来数は毎月600人程度で推移しています。住民の多様なニーズに応えられるよう急性期から回復期・緩和ケアまで整えていますが、次の診療報酬改定ではこの体制を維持できるか難しいところです。診療領域が幅広い、臨床経験豊かな医師が多いので、そのパワーを生かして現体制を維持し、病院全体で地域における総合診療医的役割を果たしたいと考えています。 ―いち早く働き方改革を進めています。  働きやすい環境づくりとキャリアアップに力を入れ、ワークライフバランスを推進しています。全職員390人の8割が女性なので、出産・子育てを理由とした離職を防ぐため、2008年に院内保育園を開設しました。子育てしながらキャリアアップが目指せる環境を整えたことで、看護師の定着率が上がりました。 介護休暇も取得できます。給料日は「ノー残業デー」にするなど知恵を絞って定時退社を実行。看護師180人全員の1カ月の平均残業時間は120分です。 福利厚生の一つで、職員用にプロ野球とJリーグを観戦できる年間シートを確保。夏祭りやビアパーティー、忘年会、さらにヨガや美文字教室などサークル活動も盛んです。 医療の現場は、精神的に疲弊しがちです。定期的なストレスチェックや臨床心理士による面談などメンタルヘルスのフォロー体制も充実しています。職員が楽しく生き生き働いていることは、地域や患者さんの信頼を得ることにもなります。 ―新病院を建設中です。  福岡市の隣の那珂川市に、99床の病院を新築中です。2021年春の開院を目指しています。筑紫野市にある系列の「ちくし那珂川病院」(111床)の病床を移転する形です。グループの核である那珂川病院の患者さんの4割は那珂川市と春日市から来られています。那珂川市では病床数が不足しているため、新病院をつくることで地域に貢献できると考えています。 那珂川病院周辺には、喜悦会グループの住宅型有料老人ホーム「オレンジハウス清和」や「デイサービス清和」を展開しています。時代の変化に対応したグループ内の連携強化が、今後は必要になってくるでしょう。 社会医療法人喜悦会 那珂川病院福岡市南区向新町2―17―17☎092―565―3531(代表)http://www.nakagawa-hp.com/

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多彩な活動プログラムで治療、回復を継続支援

医療法人志仁会 西脇病院西脇 健三郎 理事長・院長(にしわき・けんざぶろう)1972年大阪医科大学卒業、長崎大学医学部附属病院精神神経科(現:長崎大学病院精神神経科学)入局。長崎県立東浦病院(現:長崎県精神医療センター)などを経て、1982年から現職。  有名な漫画のモデルとなり、作品の監修も務めた西脇健三郎理事長・院長。長崎県で40年以上にわたって精神科臨床医として患者に接してきた。その経験を基に、現在の精神科医療に対して、さまざまな提言を行っている。 ─精神科医療の問題点は。  1950(昭和25)年、近代的な精神衛生の考えに基づく「精神衛生法」が制定されてから70年になります。その間にわが国の精神科医療は、大きく変化しました。 最初にこの法律ができたのは戦後間もない混乱時であり、自傷他害の恐れがある精神障害者に対して措置入院するといった制度ができたのです。そこから昭和40年代にかけての高度経済成長期には、精神科病院開設ラッシュとも言える現象が起こり、長期入院や社会的入院のための精神科病床が全国で急増しました。 ─疾患の傾向は。  現在は、統合失調症患者が大幅に減少しています。当院は1957年に開設。当初は初診患者の半数以上が統合失調症でした。しかし、2019年では10%以下となっています。 統合失調症の発症率は100人に1人と言われていますので、少子化が進む現在、母数が減るので、当然、子数となる患者数が減ります。一方で、近年、他の精神疾患が増加。精神疾患は5疾病の一つになっているものの、わが国の精神科医療は、こうした疾病構造の変化に対応できていません。 現在の精神科医療については、大きく分けて二つの理解が必要です。一つは統合失調症、先に述べたように患者数は減少していますが、まだ治療的な支援は不十分です。もう一つは近年増加している職場の人間関係などのストレスから発症するうつ病とさまざまな依存症。これらは過労死や自殺につながります。このような患者さんの多くは職能や対人関係のスキルが高く、ルールを順守し、責任感も強いことから、ワーカホリックに陥る傾向があります。 今、私たち精神科医は、このような患者さんとの関わりに〝長(た)けている〟とは言いがたい現状にあります。また、前者と後者では、回復のゴールへの進め方は異なります。 後者の回復の難しさは、患者自身が病を認めない、受け入れないといった「否認」の問題があります。これらの患者さんには職能において優れたスキルがあり、プライドが高い人も多いので、そのプライドをくすぐることも治療のテクニックの一つです。 例えば、最近のアルコール依存症は、以前のような社会的逸脱行為は少なく、しらふの時は穏やかで勤勉な方が多くなっています。そこで、私は彼らに対して、決して「どれくらいお酒を飲みましたか」とは尋ねず、まず勤勉な時期の話題から入るようにしています。「説得」ではなく、患者自身が「納得」することが治療、回復における重要なキーワードになるからです。 ─回復のための道筋は。  うつ病、依存症などの治療、回復のためには、切れ目のない支援体制の整備が重要です。当院では、急性期の治療が終わった患者さんやそのご家族を対象に、ARP(アディクション・リハビリテーション・プログラム)などの多彩な活動プログラムを用意し、入院中から退院後まで継続した支援を行っています。回復のためには当事者、家族、支援者の相互連携が重要であり、第三者の声を聞くことによる「気づき」をもたらします。 また、アルコール依存症患者のためのAA(アルコホーリクス・アノニマス)、ギャンブル依存症患者のためのGA(ギャンブラーズ・アノニマス)など、依存症自助グループへの会場提供を無償で行い、必要な患者さんには参加を呼び掛けています。 医師として今後も、旧来の精神科医療に対する考えを改め、現状を多くの人に知っていただけるよう努めていきたいと思います。 医療法人志仁会 西脇病院長崎市桜木町3―14☎095―827―1187(代表)https://www.nishiwaki.or.jp/

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