福澤諭吉『養生の心得』
福澤諭吉の著作を読むうち『養生の心得』なる一編にたどり着いた。福澤は故郷の中津を出ると長崎へ遊学し、さらに大阪の緒方洪庵の適塾に寄宿したが、そこで学んだものは医学ではない。今後は異国語が必要と思ってひたすら語学に励んだ。一方、彼には彼独自の養生法があった。国民の教育の一環としてあふれ出たものの一部がこの『養生の心得』かと思われる。適塾で見聞きしたであろう医学の知見もまた、この著述には見え隠れしているように思われるので、現代語に直して紹介する。福澤はこう始めている。「人間の生涯で身体ほど大切なものはない。ことわざに言う通り、命の物だねである。どんな職業であっても、まず第一に身体を養生し、病気にかからないよう注意し、それでも病む時は早く治療を受けて、天寿を全うする方法を知ることが肝要である」。福澤は国民の養生のみならず、医者の心得にも触れている。「医者は病気を治すだけの職業ではない。病気にならぬよう予防法を吟味して人に伝え、千人の病人を五百人ですませ、五百人は二百ですむようにし、それでも病むものは早く治るように治療し、人体を強壮にしてやり、長生きさせるように心を配ることこそが医学・医療の根本である」。医者と患者の関係については次のように記述する。「これまで治療を受けた医者から別の医者に替えたいことは、人情としてあるだろう。その場合は遠慮なく医者を替えて良い。ただし初めの医者に伝えずに、他の医者に頼むことは心得ちがいである。医者を替えるときは、初めの医者にそのことを挨拶しておけば、医者の方でも不平のあるはずはない。病気の時は義理不義理などつまらないことを考えず、医者には言いたいことを話すべきである。隠しておくと、双方ともに不都合が多いだろう」。これはインフォームド・コンセント、あるいはセカンド・オピニオンのすすめだろうか。福澤の筆は、さらに医者の働き方改革にまで及んでいる。「だいたい医学・医療というものは難しいもので、常に書物を読み学問する必要がある。医者は時間を無駄にできないので、自分ででかけることのできる病人は、なるだけ医者の家まででかけて治療を受けるべきである」。本年が皆さんにとって最良の年でありますように。