われわれはまだ、ほとんど知らない
「軸索型ニューロパチーを伴う脊髄小脳変性症(SCAN3)」。鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経病学講座脳神経内科・老年病学の髙嶋博教授らのグループが今年4月に発表した新たな疾患概念だ。「医学は、まだまだ進歩の途中」。髙嶋教授はそう語る。
同時に2神経難病原因は「COA7」
―「SCAN3」に関わる発見の経緯を。
当教室では長年、遺伝性末梢神経障害の一つ、シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)の研究に取り組んできました。CMTの主な症状である手足がやせたり、足の変形があったりする患者さんの遺伝子診断の依頼が、全国の医療機関から寄せられています。2007年からこれまでに、およそ2000例の検査を実施しました。
診断では、まず原因遺伝子として同定されているおよそ70種類について解析します。しかし、これによって遺伝子異常が見つかる患者さんは半数以下です。未知の遺伝子が、多く存在していると考えられています。
そこで、原因がわからなかった患者を対象として、次世代ゲノムシークエンサーを用いて遺伝子のほぼすべてを網羅的に解析する「エクソーム解析」を実施。その中から共通の遺伝子に変異がある人を集める作業を進めてきました。
今回、その中から患者4人が共通して「COA7」遺伝子の異常と機能低下を有していることを発見。さらに臨床像の分析を進めると、末梢神経障害の症状だけでなく、手の震えやろれつが回らないなど「脊髄小脳変性症(SCD)」の症状も有していることがわかってきたのです。4症例とも、発症年齢が幼少期と比較的早いのも共通していました。
COA7遺伝子に変異がある患者のMRI検査では、小脳や脊髄に萎縮があり、大脳白質に病変が見られています。また、患者から採取した筋組織ではミトコンドリア異常を示す、神経線維の染色抜けなどが起こっていることがわかりました。
治療法開発は大きな枠組みで
―患者数はどのぐらいになりそうですか。
まったくわかりません。今回はCMTが疑われる患者という入り口で調べていますが、脊髄小脳変性症の可能性がある患者を調べれば、もっと増える可能性もあります。
以前発見した「MME」遺伝子の異常も、当初は4例でしたが発表後の2年ほどで国内では21例、海外でもこの遺伝子異常が原因の患者さんが見つかっています。
医学はまだまだ進歩の途中です。病気の概念が見つかって初めて診断名がつき、患者数にカウントされる人が数多くいるのが現状なのです。
新たな疾患概念発見軸索型ニューロパチーを伴う脊髄小脳変性症
―この発見が治療につながる見通しは。
今回、共同研究者である京都工芸繊維大学昆虫先端研究推進センターの山口政光教授が、COA7遺伝子の発現を抑制したショウジョウバエの疾患モデルの樹立に成功しました。
これによって、複眼の形態異常や運動機能の低下、寿命の短縮などが誘導されることが明らかになり、COA7の異常による神経変性のメカニズムが一部解明されたと思います。今後は、ノックダウンマウスなどをつくり、動物モデルを使ってメカニズムの解明、治療薬のスクリーニングなどをしていくことになります。
神経変性の病気の中には、このSCAN3のようにミトコンドリア関連のものが複数あります。これらの病気一つひとつの患者さんは、それほど多くありません。ミトコンドリアを強化する薬やサプリメントの研究が進んでいますので、「ミトコンドリア病共通の治療」という大きな枠組みの中で、治療法の開発が進められていくでしょうね。
脳炎・脳症正確な診断 訴える
―HPVワクチン接種後に異常を来たした女性たちの治療にも積極的に取り組んでいます。
当教室ではワクチンを接種した後に不随意運動や記憶障害、光過敏、筋力低下などの症状が出た患者さん60人ほどを診てきました。鹿児島県内、九州エリアだけでなく、関東、東北からもお見えになります。
私が5年前から一貫して言っているのは、「これは免疫性脳炎である」ということ。実際、早期に治療を開始した人の中には種々の免疫抑制治療の結果、今は薬の必要もなく日常生活を送っている方もいます。
強調したいのは、「精神的な問題」とひとくくりにして、患者を門前払いするようなことをしてはならない、ということ。ワクチンの副反応かどうかは横に置いておいて、きちんと治せる体制を構築していくべきです。
これまで医学は、過去の間違った認識を、進歩によって修正する歴史を繰り返してきました。例えば創傷の処置ひとつとっても、今と昔では驚くほど違います。
神経領域はより複雑で、われわれは脳について、まだほとんど知らないと言っていいと思います。いわゆる不定愁訴で困っている患者さんを、まずは「理解しよう」とする姿勢が必要ではないでしょうか。
脳炎や脳症はさまざまな原因で起こります。悪化すれば意識障害を起こすためわかりやすいですが、軽度の場合には部分的なまひや痛みなどに留まることも多く、脳の疾患だと判明するまで時間がかかるケースも多い。私はこれまで脳症・脳炎の診断と治療についてさまざまな場で啓発してきました。今後も続けていこうと考えています。
鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科神経病学講座 脳神経内科・老年病学
鹿児島市桜ケ丘8-35-1
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