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いのちを考える・いのちから考えるセミナー

にのさかクリニック バイオエシックス研究会 第33回米沢ゼミより
長寿時代の哲学「人生の午後」は長い
―21世紀へ、「いのち」を伝えきった臨床医―

 鐘ケ江 寿美子

 「100歳以上の超寿が6万人を超える時代、2017年に105歳の天寿を全うした日野原重明氏(聖路加国際病院名誉院長)は老年期の新しい生き方を示した」と、評論家の米沢慧氏はセミナーを始めた。

 日野原氏は予防医学から終末期医療に至るまで、医療の発展に尽力したが、高名な医師というだけでなく、その〈いのち〉との真摯(しんし)な向き合い方、独自な生き方はよど号ハイジャック事件への遭遇、1996年地下鉄サリン事件中毒患者640人の救命活動、「新老人の会」の活動からも知ることができ、多くの人に支持されている。

 米沢氏は日野原氏の著書「生き方上手」「生きていくあなたへ」ほかを示しながら、「100歳時代のモデル」「〈いのち〉を伝えきった臨床医」「敬虔なキリスト教徒」としての日野原氏を解説した。

100歳時代を生きる眼差し

1.人生の午後を生きる

 日野原氏は老年期を「人生の午後」と表し、長い人生の午後を生きるには青年期や成人期の羅針盤は役に立たないとして、新しい自分自身の価値観を持つ必要性を明言した。

 90歳を記念して「生き方上手」を出版。「次の世代、若い人に、いつか来る人生の午後をいきるモデルになる」生き方を「新老人」と称した。

 新老人の規範は①愛すること②創(はじ)めること③耐えること。

 苦難を耐えることにより人としての感性が磨かれ、不幸な人への共感と支える力が備わると日野原氏は語っている。新老人の会の会員数は10万人を超えている。

2.一度死ななければならない

 日野原氏は「生まれ変わって生きるには、一度死ななくてはならない」と語った。

 日野原氏にとっては1970年のよど号ハイジャック事件。4日間の機内監禁後に解放された時、生かされていることに感謝し、「これからは自分のためでなく、人のためにこの命を捧げよう」と決意したという。

 事件後、いのちを伝える講演活動を精力的に行い、子どもたちへの「いのちの授業」はライフワークとなった。また、生かされたいのちを大事に、いかに長生きするかを真剣に考えた。

3.祈るということ

 日野原氏の著書「生きていくあなたへ」を読んで、米沢氏のこころが揺れたのは、日野原氏7歳の時に母親が危篤となり、安永医師の往診を受けた場面である。

 その時、日野原少年は神様に「母親を助けてください」ではなく、「母親を救おうとしてくださっている安永先生を助けてください」と祈った。

 米沢氏は人が支え合うには当事者3人、つまり患者(A)― 家族(B)―専門家(C)が三角形・鼎(かなえ)のかたちになり、その構図とポジショニングの自覚が大事であると提唱している(ファミリー・トライアングル、米沢)。日野原少年は、危篤の母親(A)と自分(B)だけでなく、3番目の存在である安永医師(C)の役割を認識し、祈ったのである。

 日野原氏は晩年、「いただいた命という時間を人のために捧げ、未知なる自分と向き合い、自己発見を続けること」が新たな目標と語った。死去から2カ月後に出版された最後の書籍「生きていくあなたへ」の中にも「苦難が大きいほど、大きな自己発見がある」と著されている。

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