九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

ALS患者に常に寄り添う

ALS患者に常に寄り添う

徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床神経科学分野
教授(いずみ・ゆいしん)

1995年徳島大学医学部卒業、広島大学第三内科(現:脳神経内科)入局。
住友病院、医療法人微風会理事長、
徳島大学病院神経内科(現:脳神経内科)特任講師などを経て、2020年から現職。

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究や臨床に携わり約20年。これまで診たALS患者数は700人近くに上る。病院内にとどまらず、患者宅の往診も続ける。研究成果が実を結びつつある今、新教授として思うこととは。

ALSの解明に挑む

 徳島大学医学部を卒業後、故郷の広島大学第三内科に入局。同大学原爆放射線医科学研究所教授の川上秀史氏の下、神経変性疾患の遺伝子研究に取り組んだ。

 「ALS研究を手伝ってほしい」と2001年に、徳島大学に開設された高次脳神経診療部(現:臨床神経科学分野)の初代教授・梶龍兒氏に声を掛けられ、母校に戻り、ALSとの長い付き合いが始まる。

 10万人当たり3〜5人の割合で発症するALS。指定難病の一つで、高齢化と共に罹患(りかん)する人が増えている。中枢神経の特定の運動ニューロンが少しずつ死滅することで進行。手足、のど、舌の筋肉が衰え呼吸が難しくなり、やがて、人工呼吸器が必要になる。徳島大学がALSの臨床に本格的に取り組んだことで、多くの患者が全国各地から訪れるようになった。

 その頃、川上氏、埼玉医科大学教授だった萩原弘一氏(現:自治医科大学教授)との共同研究もスタート。2010年、ALSの原因遺伝子OPTN(Optineurin)を同定、英学術雑誌「Nature」に成果を掲載した。

 大阪の住友病院で指導医だった井上治久氏(現:京都大学iPS研究所教授)との研究も、2010年に始まった。「iPS細胞を分化させて作った運動ニュ
ーロンを使って、細胞死を抑制する化合物を見つけ出そうと、100人ほどの患者さんに協力をお願いしました」

 約1400種類の化合物をALS患者のiPS細胞から分化させた運動ニューロンに投与。ボスチニブの有効性を突き止め、2017年、米学術雑誌「Science Translational Medicine」に論文を発表した。

患者を診る大切さを学ぶ

 広島県三次市で戦国時代から続く寺に生まれる。高校卒業後に進学した北海道大学理学部では、柔道にのめり込んだ。柔道部での熱血ぶりから後輩が書いた小説のモデルにもなっている。

 住職だった父親が亡くなる前、地域のためにと開設した福祉施設と病院で働こうと、医師になることを決意。24歳で徳島大学医学部に入学した。

 研修医時代、大阪の住友病院で指導を受けた当時の院長故・亀山正邦氏には最も影響を受けた。教授就任に当たって教室の基本方針「erstens bett!(まずは患者さんのベッドサイドから始めよ!)」は、亀山氏の行動の指針でもある。

 「一緒に回診する時、カルテに記載された検査データについて報告しようとすると、それを制されました。予断せず、患者さんを診ることが重要であること。今もその教えを大切にしています」

通院困難な患者のもとへ

 2006年、多忙な生活を送る中、脳卒中を発症した。幸い後遺症はなかったが大きな転機となった。抱えすぎていた仕事の中から「ALSを専門にする」と決めたのも、その時だ。病院では患者の来院を待つことが当たり前だったが、往診をしようと発想を変えた。

 「ご自宅まで移動してみると、とにかく遠い。不自由な体で、患者さんがどのような思いで通院していたのか初めて分かった気がしました」

 患者の協力を得て進めていたメチルコバラミンの臨床試験が、2020年3月に終了した。「その有効性を間もなく発表できると思います」と力を込めた。治療法がないと言われてきたALSに、ようやく一筋の光が差し始めている。


徳島市蔵本町3-18-15 ☎️088-631-3111(代表)
https://neuro-tokushima.com/

この記事を読んだ方は他にこんな記事も読んでいます

最新の記事情報が取得できます

Twitter

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Instagram

フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。

Instagram has returned invalid data.

コメントはこちらから

メニューを閉じる