九州合同法律事務所 弁護士 小林 洋二
Aさんは 代後半の女性です。7年前に胸腺腫瘍が発見され、B病院で胸腔鏡下拡大胸腺摘出術を受けました。病理組織検査の結果、正岡2期、WH O分類B2型と診断されています。
その後、1年に1回、B病院 でMRI検査を受けていたところ、右前縦隔に多結節状の充実病変が指摘され、胸腔鏡補助下再発胸腺腫摘出術を受けることとなりました。
術中、心膜に癒着した腫瘍を 剥離した際に静脈性の出血を認め、タコシートを用いて圧迫止血、さらに心膜上の腫瘍の切除を続けましたが、止血したと思われた下大静脈の損傷部位から心膜内への出血は続いており、心タンポナーデの状態となりました。
これに対して、心膜を切開し、凝血塊を含む出血を摘出、その後の下大静脈損傷部位の修復操作中に、右心房を損傷、一時心停止の状態となりました。
その後、右房壁および下大静脈は修復されましたが、15リットルを超える術中出血によるDIC や、それによる肝不全、腎不全が進行、また心停止の間に脳血流が途絶えたことによると思われる低酸素脳症は回復せず、術後、1度も意識を回復することなく、約1週間後に死亡しました。
悪い時にはこういうものなのかもしれませんが、次々に問題が起こっており、説明を受けた遺族は怒り心頭です。しかし、このような事故の常として、いったいどこの責任が問えるのかは判然としません。最初に下大静脈を損傷した点は手技ミスといえるのか、むしろその止血が不十分であったことが問題なのか、下大静脈修復操作中に右心房を損傷した点についてはどうか。
幸い、本件は病院側の誠実な対応によって早期に示談が成立しました。わたしの印象では、病院側は、最初の下大静脈損傷はやむを得ないとしても修復措置中の右心房損傷の責任は免れないと考えたようです。
連載第59回にも書きましたが、手術に失敗したからといって、医師に責任があるとは限りません。医師は、結果にではなく過程に責任を負います。結果的に失敗したかどうかではなく、失敗しないように最善を尽くしたかどうかが問題です。
最善を尽くしていないから失敗したのか、あるいは最善を尽くしたけれども失敗したのか、これはわたしたち患者側からは極めてわかりにくい部分なのですが、思うに、医師の側からも、その線引きは容易ではないのではないでしょうか。 なぜあんな失敗をしてしまったのだろう、あとから考えてもよく分からない、という失敗は、多々あります。自分自身の失敗を省みれば、失敗とは本来そういうものだといいたくなるくらいです。
しかし、そこでとどまるのか、もう一歩踏み出してその原因を探ろうとするのかは、同じ失敗を繰りかえすかどうかにおおきく影響するはずです。この当時に医療事故調査制度が存在していれば、当然、調査対象となったでしょう。その場合、どういった調査結果になったのだろうかと、本稿を書きながらいろいろ思いを巡らせています。
なお、この事件にはもう一つ問題がありました。事故後、過去のMRI画像を見直してみると、実は1年前の段階で、すで に胸腺腫瘍の再発は明らかだったのです。仮に、この時点で適切に再発が診断され、再手術がなされていればどうだったか。 腫瘍の心膜癒着も1年後ほどではなく、静脈を損傷することなく腫瘍切除できたという可能性もありそうです。
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