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3つの「E」を胸に一歩先を行く病院へ

3つの「E」を胸に一歩先を行く病院へ


理事長・院長(さとう・かつひこ)

1981年福島県立医科大学卒業。
スウェーデン・ヨーテボリ大学整形外科留学、福島県立医科大学整形外科学講座助教授、
福島県立会津総合病院(現:福島県立医科大学会津医療センター)病院長などを経て、
2009年から現職。

 経営再建への第一歩を踏み出そうとした矢先、東日本大震災に見舞われた大原記念財団。そこから幾多の困難を乗り越え、2018年1月に大原綜合病院の新病院棟を開院した。一連の過程で陣頭指揮を執り、再建の基礎を固めた佐藤勝彦院長は、揺るぎない信念で今後の病院経営を見据えている。

―新病院棟開院までの道のりを教えてください。

 院長として着任した2009年当時、財団は数十億円の負債を抱え、さらに大原綜合病院の病院棟も老朽化が進んでいました。私は先頭に立って収益の改善に取り組み、翌年には黒字を達成。その後、2011年2月に財団の体制が変わり、企業再生機構の支援が決まったことで、抜本的な経営再建と新病院棟の建設を目指すことになったのです。

 しかし1カ月後、東日本大震災が発生。病院棟は一部損壊し、患者への対応の他、水・重油の確保などにも苦労しました。

 その後も多くの問題に直面しましたが、企業再生機構や行政のサポートと、長年培ってきた地域とのつながりに支えられ、2018年1月に新築開院を迎えることができました。

―新病院棟の特徴は。

 震災時の経験も踏まえ、救急医療の充実を目指しました。二つの初療室を備えたER型の救急室を作り、救急専用のCTも設置。また、病院中央のエレベーターで屋上ヘリポート、手術室、病室をつなげ、スムーズな動線を確保しました。

 手術室は7室あり、その広さは最低でも50平方㍍あります。今後、震災と同規模の広域災害があったとしても、迅速に対応できる設備が整いました。

 その他、新病院は「まちづくり」の役割も担っています。震災以降、福島市中心部の再開発計画が立ち上がり、当院が完成しました。地域再生・復興の旗頭として、人の流れを変え、にぎわいのあるまちづくりに寄与したいと考えています。

―臨床研修医やスタッフの育成については。

 震災の翌年、当院の臨床研修希望者は定員6人中1人のみでした。

 私は震災の影響よりも「研修の質」に問題があると考え、プログラムを見直した他、臨床研修教育に定評のある医師を講師として招聘(しょうへい)。これらの取り組みが評判を呼び、2013年度には4人の研修医を獲得できました。2015年度からは定員を8人に増やし、ほぼフルマッチの状況が続いています。

 時を同じくして、2014年には福島市の他の病院と合同で実施する研修医の勉強会「NOWプロジェクト」が発足しており、地域全体で育成に取り組んでいます。この活動を通して、福島市にもっと医師が定着してほしいと考えています。

 スタッフの育成に関しては、2012年の12月から「TQM活動」をスタートしました。院内で10程度のグループを作り、それぞれが医療の質をテーマに勉強会を開きます。その成果を年に1度発表して、優秀なチームは全国大会に参加。そこで学会賞を獲得した実績もあります。

―今後の病院運営についてお聞かせください。

 良い病院には必ず三つの「E」があります。まずは「Economic governance(経営の安定)」、次に「Educati on for the staffs(スタッフの教育)」、そして最後は「Evidence bacement(データに基づく診療・最新の医療)」です。当院としては、救急患者・紹介患者を積極的に受け入れて経営の安定化を図ること。優秀な医師・看護師の招聘やTQMなどによってスタッフ育成に力を入れること。各データの電子化などを進めて、きめ細かい診療をすることを実践しています。

 今後も一歩先を見据え、さまざまなものを積極的に取り入れながら、常に三つの「E」をそろえたいと考えています。

一般財団法人 大原記念財団 大原綜合病院
福島市上町6―1
☎024―526―0300(代表)
http://www.ohara-hp.or.jp/

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