今月の1冊 – 76.牧野植物図鑑の謎

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著者:俵 浩三
平凡社 182頁 660円+税

 「日々の臨床で生まれた疑問をもとに、研究に取り組んでほしい」。そんな医師の声をよく聞く。

 本書は、とあるきっかけから長い期間に及ぶ調査を経て、一冊の本をまとめた「研究」の記録である。

 日本の植物分類学の父と評される牧野富太郎(1862-1957)は、今の高知県高岡郡佐川町で生まれた。

 幼少期から植物が好きで、22歳の時には東京大学植物学教室での研究をスタート。1889年に学名をつけて発表した「ヤマトグサ」は日本人として初めての新種発表だった。94歳で亡くなるまでに収集した標本は40万点を超えていると言われている。

 著者は、そんな"偉人"牧野による「日本植物図鑑」(初版:1925年9月24日)と、たった1日違いで発行された「大植物図鑑」の2冊に出会ったことをきっかけに、牧野と「大植物図鑑」の執筆者・村越三千男の関係に迫っていく。

 2冊はなぜ、ほぼ同時期に発行されたのか。2人には何か因縁があったのではないか。当時はどんな時代だったのか…。

 次々と仮説を立て、検証を進める著者。伝記、自叙伝を読み、過去をよく知る植物学者への取材を重ねて情報を蓄積。同時に村越についても丹念に調べ、牧野と村越、日本植物分類学、さらには理科教育の歴史をたどっていく。

 出会い、協調、離反、対立。植物図鑑ブームを追い風とした"出版競争"の渦にも巻き込まれ、めまぐるしく変わる2人の関係性を、筆者は一貫して冷静に、客観的に追い続ける。その公平性と粘り強さは、分野を問わずあらゆる研究者の参考になるものだろう。

 さて、曰く「因縁の2冊」を手に入れてから10年。筆者は「聖人君子」のイメージが強い牧野の、ある種の「人間くささ」にも注目し、これまで知られていなかった魅力を生き生きと浮かび上がらせた。同時に無名の村越にも一筋のスポットライトを当て、その功績は大きいと言える。

 さらに本著は2人の物語に少し悲しい、けれど「ハッピーエンド」も用意していた。

 村越の没後、90歳を超えた牧野はある「仕事」をしていたのだった―。この結末は、2人を敬いながら謎解きを続けてきた筆者にとって、「ご褒美」のようなものだったに違いない。

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