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院内外の連携をさらに強く

院内外の連携をさらに強く

総合患者支援センター
センター長(すぎお
・けんじ
1982年九州大学医学部卒業。米テキサス大学、産業医科大学第2外科助教授、
九州がんセンター呼吸器腫瘍科部長などを経て、
2013年大分大学医学部呼吸器・乳腺外科学講座教授に就任、同大学学長特命補佐を兼任。
2020年から現職。

 入退院や転院などに際して窓口となる総合患者支援センター。4月、肺がん治療の第一線で腕を振るってきた杉尾賢二教授がセンター長に就任した。現状の手応えや今後の展望、医師としての背景などを聞いた。

就任早々の感染対策

 就任して早々、未知の危機と対峙(たいじ)する必要に迫られた。新型コロナウイルス感染症だ。「特殊な状況が加わり、従来の手法から感染症を考慮した患者支援、院内院外への支援を考えなければいけませんでした」。総合患者支援センターは、ベッドコントロールなど細部のさまざまなマネジメント業務に追われた。

 「施設の構造上、ゾーニングや動線が非常に難しいのが悩みです。職員の安全も確保しながら治療をしていくことに、かなり気を遣う必要があります」

 同センターは受付部門、患者サポート部門、地域連携推進部門の3本柱からなる。2003年に地域医療連携センターとして発足し、2016年に現名称に改めて組織も拡充。「ここ数年、外来患者さんの対応やオリエンテーション、入退院の支援などはかなりうまくいっていると思います」と手応えを口にする。

 一方、新たに力を入れたいのは広報活動だ。「病院の特性を県民や医療機関の方に発信する部分が十分ではなかったと思うので、そこを今から進めていこうと思っています」。院内の広報委員会と連携しながら周知強化を図り、院内ではデジタルサイネージの活用を模索中。院外では空港や駅など注目の集まる場への広告などを思い描く。

肺がん専門医として第一線で長く活躍

 父親が歯科医だったことと、親類に医療職が多く、自然と医師の道を志した。「親戚に外科医がいたこともあり、自分の手で治療に携わりたい思いがあって外科に進みました」。1980年代初頭、肺がん患者数が増えていた時期だったこともあり、研究面は新たなフェーズに突入していた。「当時は遺伝子解析の基礎研究が盛んに行われていた時代で、それが肺がん治療に結び付く期待もありました」と振り返る。こうした要素を総合し、肺がんを専門とすることを決めた。

 以降は臨床と研究の両輪を志向。分子標的治療、免疫治療など画期的な手法を積極的に取り入れてきた。研究は日進月歩、自身が副理事長を務める日本肺癌学会が出す「肺癌診療ガイドライン」は、以前より改訂の頻度が飛躍的に増えた。

 「以前は数年に1回の改訂だったのが、最近では1年間に2、3回。併せて一般の市民や医療者に向けたガイドラインの改訂も必要です。肺がん治療は他のがんに比べても非常に展開が早いと感じています」

複数役職を兼務 校内散策で息抜き

 現在はセンター長として約30人の職員を束ねる。「以前と比べて入院期間が短くなってきたため、センターとしてはオリエンテーションなどの支援に力を入れる必要があります。周術期をサポートして安心して家で過ごせることが第一。地域の医療機関とのつながりも非常に大事です」

 ただ、自身はセンター長のほか大分大学医学部呼吸器・乳腺外科学講座教授も兼任。ほかにも日本肺癌学会副理事長、九州肺癌研究機構(LOGiK)代表世話人など専門分野でさまざまな役職を担う。

 多忙極まる日々。「時間を上手に使いながら、何とかやっているというところです」と笑う。本来なら会食などでつかの間の息抜きをしたいところだが、昨今はそれもままならない。「大学の周辺も非常に広いので、散歩しながら気分を発散しています」。緑豊かなキャンパスに力をもらいながら、重責に身を投じる。

大分大学医学部附属病院
大分県由布市挾間町医大ケ丘1ー1 ☎097ー549ー4411(代表)
https://www.med.oita-u.ac.jp/hospital/renkei/

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