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被災地になったから見えた 今、備えるべきこと

被災地になったから見えた 今、備えるべきこと

総合病院   院長(わたなべ・まこと)
1975年岡山大学医学部卒業。島根医科大学医学部第二内科助教授、
総合病院三原赤十字病院副院長、津山第一病院院長、
福山大学教授などを経て、2014年から現職。


 「平成30年7月豪雨」では、沼田川など10河川があふれ、土砂災害も数多く発生した三原市。浸水した家屋は2500棟を超え、土砂によって損壊した建物は400棟近く。死傷者は18人に上った。

―当時の三原赤十字病院周辺の様子や活動は。

 7月6日、急激に激しさを増した雨で、夜には各地で浸水などの被害が発生しました。7日には、市内全域の約3万9000戸で断水が発生。土砂によって被害を受けた建物が399棟、浸水したのが2575棟に上りました。

 当院は、7日に断水となったものの、8日には復旧。市内でかなりの数の医療機関が被災したこともあり、病院機能の維持と、入院・救急患者の受け入れに注力しました。

 特に、水の確保が困難な病院の透析患者を臨時の3クール体制で1週間延べ151人受け入れたほか、他院の使用済み内視鏡や手術器具の洗浄にも協力しました。7月20~27日には、当院から救護班を市内の公民館に派遣。

 同29日~8月1日には、砂防ダムの決壊によって大きな被害を受けた安芸郡坂町小屋浦に医師1人、看護師3人、薬剤師1人、主事2人で構成する救護班を送りました。また、避難所などでの感染予防・対策として、当院ウェブサイトで具体的な予防方法や対処法などの情報を公開。市内の避難所に感染管理認定看護師(ICN)も派遣しました。

 災害時、避難者や被災者は不安や恐怖心、孤独感などを感じます。精神面のサポートとして、当院の心のケアチームを呉市・安浦町方面、大和町に派遣し、計67人に対応しました。

 救援物資としては、当院倉庫に備えていた毛布100枚、マットや耳栓などの「安眠セット」25組、応急手当用品などが入った「救急セット」18組などを、日赤広島県支部を通じて尾道地区などに提供。同県支部から受け取ったポータブルトイレを市内に設置するなどの活動もしました。


―災害が起きた場合の対応や課題は。

 一番の課題は「水の確保」です。水道供給が途絶えた場合のために、例えばトイレの洗浄用に井戸水の供給ができるようにしておくなど、備えられる方法はいくつかあるでしょう。

 また、貯水タンクの容量についても、再度確認しておくべきだと思います。各医療機関によって、1日に使う水の量は違います。自院が被災後数日間、機能を維持するためにはどのぐらいの水が必要なのか、またその量が確保できる貯水タンクなのか。きちんと把握しておくことが大切です。飲料水や食料、医薬品や診療材料など、当院は現在、2日分を備蓄しています。この備蓄量についても、今後検討し、充実を図っていきたいと思っています。

 地域の医療機関同士の連携も、より強固にしていかなければ、と考えています。これまでも、連携・協力体制はありましたが、もっと緊密に、さらに具体的な行動に落とし込んだ仕組みづくりが必要です。当院が被害を受けた場合、人工透析の患者さんは、どこの医療機関で透析を受けてもらうのか。

 そのための人的、物的支援体制はどのように構築すればよいのか。定めるべきことは、多岐にわたります。ただ、そこには柔軟性も欠かせないでしょう。災害時、被災地の状況はめまぐるしく変化します。

 被害状況を確認し情報を共有する体制をつくると同時に、コミュニケーションを取りながら、フレキシブルに対応できる〝つながり〟と〝信頼〟を構築していきたいと思っています。

 さらに、情報発信力の強化も欠かせません。被災地の病院が「SOS」を早く出すこと、どんなものが、どのぐらいの数必要なのかを、正確に伝えること。それが、物資や人の支援を受けるために必須であり、機能維持のために大事なことだと思うのです。


総合病院 三原赤十字病院
広島県三原市東町2―7―1
☎0848―64―8111(代表)
http://mihara.jrc.or.jp/

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