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米国式の医師育成で「断らない医療」の実現を

米国式の医師育成で「断らない医療」の実現を


院長(たまき・かずみつ)

1986年北海道大学医学部卒業。
沖縄県立八重山病院、米アイオワ大学血液・腫瘍内科留学、
沖縄県立中部病院腫瘍・血液内科部長、同医療部長などを経て、2020年から現職。

 戦後、医師不足に陥っていた沖縄県で、米国式の臨床研修制度を取り入れて県内の医師確保に大きく貢献したとされる同県立中部病院。2020年に就任した玉城和光院長に、沖縄医療の歴史を含め、臨床研修の特徴や成果を聞いた。

―米国式の救急医療体制を取り入れています。

 当院の救命救急センターは、重症度や傷病の種類、年齢を問わず全ての患者さんを受け入れる、米国式の「ER型救急医療」を基にして「断らない医療」の実現を基本方針としています。

 米国式の救急医療体制と医師養成システムが沖縄で広く普及している背景には、1970年代まで米国施政下にあったことが密接に関わっています。

 沖縄戦では、住民だけでなく多数の医師も犠牲になりました。米軍は傷病者をテント小屋など複数の施設に収容し、生き残った沖縄の医師を中心に治療や世話をさせていたそうです。その1施設が当院の前身となりました。

 医師不足は戦後も深刻な状態が長く続きました。医師の確保を試みるため、沖縄の学生を本土の医学部に送る「留学」制度ができましたが、本土で学んだ医学生が沖縄に戻って来ても十分な研修ができる施設や指導医がいないことが問題となりました。

 そこで、当院が臨床研修病院としてハワイ大学を通じて米国人の指導医十数人を招き、医師の育成を開始しました。これが現在の当院の臨床研修制度につながっています。

─臨床研修の内容は。

 当院の臨床研修プログラム事業は1967年にスタートしました。初期臨床研修は七つのコースに分かれていますが、いずれも全科をローテーションし、救急医療を必ず経験してもらっています。

 これは、開始当時の医師不足の状況を踏まえ、専門医ではなく総合的な診療能力を持つ「プライマリ・ケア」のできる医師の養成が地域の医療ニーズに応えるための喫緊の課題だったからです。

 全研修医が卒後1年目で年間1000例以上の救急患者を担当できるよう配慮しています。卒後2年目で重症患者のマネジメントを行うほか、卒後1年の研修医の指導を任せるのも特徴です。これは、教えられた人が教える側に回ることで、より成長する「屋根瓦式教育」の実践が目的です。後期研修を修了した研修医には、離島での勤務も義務化しています。

 24時間年中無休で稼働している救命救急センターでは、重症度を見極めるトリアージを学びます。最も難しいのは、帰宅させるか入院させるべきか、その狭間の患者さんの判断です。これを的確に自信を持って行えるように特に力を入れて指導しています。

─今後の病院運営は。

 臨床研修の開始後、これまでに1000人以上が巣立ちました。県内の地域医療を支える医師はもちろん、全国各地、さらには海外で活躍する医師もいます。

 研さんを積んだ後、指導者として当院に戻り、地域住民に身につけた最新の知識と技術を還元してくれる医師がいることが大きな財産です。この人材育成のサイクルを回し続けます。

 本県は全国で最も合計特殊出生率が高く、中部医療圏では人口が増加しているのが他地域と異なる点です。周産期医療では、県内で初めて認可された当院の総合周産期母子医療センターを中心に、住民から寄せられる高い期待に応えることが使命です。

 また、沖縄の地理的特徴であり宿命とも言える離島医療の支援を、当院が中心となり担い続けることが極めて重要です。

 沖縄の医療は本土とは異なる歴史を背景に発展を遂げてきました。全ての県民が安心して満足できる医療を提供するためには、「断らない医療」を守り抜かなければなりません。

 当院が「最後の砦(とりで)」として機能し続けられるよう、今後も尽力していきます。

沖縄県立中部病院
沖縄県うるま市宮里281
☎︎098─973─4111(代表)
https://chubuweb.hosp.pref.okinawa.jp/

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