九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

研究や論文を通して精神医学の今を問う

研究や論文を通して精神医学の今を問う

医療法人五省会  出島診療所 中根  允文 所長 ( なかね・よしぶみ )
1963年長崎大学医学部卒業、1968年同大学院修了。デンマーク精神医学的疫学研究所留学、
長崎大学大学院教授、長崎国際大学大学院人間社会学研究科教授などを経て、2008年から現職。
2003年から長崎大学名誉教授。


  50年にわたり、精神科医として数多くの研究・論文の発表を続けてきた中根允文所長。現在も診療や「長崎いのちの電話」などの活動を続ける。長崎県の精神医学のパイオニアとして活躍するその足跡と、今後の精神医療への提言は。

―精神科医として50年にわたる道のりは。

 教師をしていた父の元、終戦で韓国から引き揚げ、熊本県の球磨郡五木村へ。人吉高校を卒業し、一度は九州大学の理学部に入学したものの、その後、医師を志し、長崎大学医学部に進みました。

 デンマークへ留学したのをきっかけにWHOの共同研究に携わるようになりました。長崎大学を定年で退職し、長崎国際大学で2008年まで勤務。この間もWHOの研究は続けており、特に関心があったのは、病気別にみれば感情障害・気分障害(うつ病)、統合失調症。研究方法論としては疫学研究、地域調査研究で、地域で精神障害がどのように受け止められているか、です。この社会的な地域問題は、WHOの研究と合致するところが多く、長崎大学病院精神神経科WHO協力センターの開所にもつながっています。

 長崎の特性として原爆に関わる研究が大きいことは間違いありません。社会的な地域調査研究において、障害者に対する偏見、差別の問題をどのように解消していくかが課題です。

 特に注目したのが、精神障害者の「私宅監置」です。1950年以降は精神衛生法により自宅の一室などでの私宅監置は禁止されましたが、意外にも残っていました。私が長崎市内で1970年に見つけ、これが最後だと言われています。

 実は、この時代の精神障害者への差別や偏見はひどく、私より年上の精神科医の中には、今、問題となっている旧優生保護法においても「自分がこの問題に関わっていたのではないか、申し訳なく思う」と感じている方もいるほどです。

 さらに、精神障害者の偏見を生むきっかけとして、中学校・高校の教科書で精神疾患をどのように取り上げられていたのか研究を行いました。

 1950年の教科書では「精神障害者は16~17歳のころから性質が変わり、火つけ、家で、荒々しい行いその他の罪を犯すことがある」「悪質の遺伝性精神病をなくすために優生保護法がある」…。1960年ごろまでは、このような記載があることがわかりました。実は、今年の春から精神疾患について、また教科書で取り上げられるそうです。どのように記載されるのか注目しています。


―なぜ多くの論文・執筆を発表しているのでしょう。

 学生時代から数えトータルで800本近くの原稿を書いています。その中で筆頭著者となっているのが371本。なぜ、これだけの論文を書いてきたかというと、根拠となる情報を確立して発表することが大切だと思うからです。

 「自分はこう思う」だけを書くのではなく、調査研究をして間違っていた、正しかったとまで示していかないと、学問として成り立ちません。

 例えば今、発達障害が増えていると言われますが、日本はアメリカや他の国に比べて概念の範囲があまりに広すぎます。世界に通じるよう、厳密な定義にのっとって調査した結果、増えていると実証するべきだと感じています。

 「長崎いのちの電話」も、スタートから関わって今年の秋で25年を迎えます。受電件数は1年間に1万1千件と減っているのですが、実は受ける側の人員が確保できないからというのが大きな理由。電話自体は増えているという現状があります。これについても、執筆し、公表しなければ理解は得られません。

  また、災害精神障害という分野は、これから避けて通れない問題となっていくと感じています。これからの日本にとって重要な課題で、これについてもきちんと解明していく必要があると思っています。


医療法人五省会  出島診療所
長崎市万才町5―22中村ビル1階
☎095―821―8652
http://www.hironaka-hp.e-doctor.info/newfolder1/

この記事を読んだ方は他にこんな記事も読んでいます

最新の記事情報が取得できます

Twitter

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Instagram

フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。

コメントはこちらから

メニューを閉じる