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狭い「超一流」でなく全部「一流」の役割を

狭い「超一流」でなく全部「一流」の役割を

医療法人 JR広島病院
理事長・病院長(かわもと・まさし)

1979年山口大学医学部卒業。
島根医科大学医学部附属病院(現:島根大学医学部附属病院)、
広島大学大学院医歯薬学総合研究科教授、広島大学病院副病院長などを経て、2019年から現職。
広島大学名誉教授。

 戦前に当時の鉄道省が所管する広島鉄道病院として開設。2016年に医療法人JR広島病院となった。2019年4月に就任した河本昌志理事長・病院長は麻酔科の専門医としての臨床経験と研究実績、医師の派遣や養成を担った教授としての経験も踏まえ、新たな時代の医療に意欲を燃やす。

オールマイティーな医療を打ち出す

 キャリアの多くの時間を広島大学で送ってきた。JR広島病院での勤務歴はなかったが、教授時代に医師の派遣などを通じて関わってきた。「診療科はほぼすべての分野をカバーしており、医療の水準も高い。地域の医師会から深い信頼を得ていて、医師の教育・養成でも大きな役割を果たしている―。そんな、とても重要な病院の一つだと認識していました」

 医師不足の深刻化により各地で医師の引き上げを進めざるを得ない。そんな時期も経験した。JR広島病院を含めて、できる限り踏ん張ろうと決めていた。「まさか自分が将来、こちらの病院でお世話になるとは思っていませんでした」と思い返す。

 JR広島病院として打ち出し続けるべき強みは「オールマイティーな医療」だと言う。どの領域でも標準以上の医療サービスを提供することが目標だ。「地域医療を担う総合病院として『この領域は超一流』だが、十分でない領域もある、ではだめ。すべて『一流』を提供しなければ」

何もできなかったもどしかしさが原点

 その考えは、医師を志すきっかけとなったこんな経験から生まれた。

 大学受験を控えた高校3年の冬、父が病に倒れた。広島県内の救急病院に運ばれたが、「脳動脈瘤(りゅう)の破裂だったと思います。医師になった立場で振り返ると、そのとき親父が受けた医療は適切だったのか疑問を感じます」

 自分に知識はない。親族や知人にも医療関係者はいない。「目の前で起きていることに対して何もできない」。そのもどかしさが初めて医師という職を意識させるようになった。

 現在の大学受験で言う「後期試験」で山口大医学部に合格。「前期試験」で合格していたのは理学部。どちらの道に歩むかを考えた結果、医学を選んだ。

 地方の病院だから、少々足りない部分があっても仕方ない―。そんな考えが医療現場にあるのだとしたら、自分の手で変えていきたいと思った。「それまでは父と同じエンジニアになり、研究開発の道へ進むのが夢でした。実は今でも、その気持ちが完全に消えたわけではないのですけどね」と笑う。

臨床医としての意欲もなお高まっている

 青春時代のつらい経験は「患者とのコミュニケーション」という点でも、自身に影響を与えた。「父の入院先の医師から状況や治療方針について、きちんと説明を受けられなかった」

 同じ思いを患者にさせてはいけないと、「十分な説明と理解、承諾」という基本を徹底してきた。「医療の現場でインフォームドコンセントは当然のことになってきた。うれしいことです」と話す。

 夢だったエンジニアとしてではなかったが、大学教授として麻酔科学の研究に心血を注いだ。「運が良かった。臨床と研究の面白さはまったく別物です」

 麻酔科領域の特殊な疾患やペインクリニックなどに取り組み、悪性高熱症の研究では学会のガイドライン作成につなげた。

 4月の病院長就任後、週1回のペインクリニック専門外来を新設した。麻酔科部長と共に頭痛、肩こり、腰痛などの痛みを中心に診る。「生活の質を高められる分野。より多くの患者さんに認知されるよう、頑張ります」。臨床医としての意欲も陰る気配はない。

医療法人 JR広島病院
広島市東区二葉の里3─1─36 ☎082─262─1171(代表)
http://www.jrhh.or.jp/

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