九州医事新報社 - 医療・医学の〝今〟を伝えて62年

新築移転でハード面が充実 さらに「選ばれる病院」へ

新築移転でハード面が充実 さらに「選ばれる病院」へ

特定医療法人東筑会 東筑病院
理事長・院長(はやかわ・ともひろ)

1981年長崎大学医学部卒業。
芦屋町立(現:地方独立行政法人)芦屋中央病院、産業医科大学病院、
東筑病院院長などを経て、2007年から現職。

 東筑病院は、地域の開業医が集まり、1979年に開院した内科を専門とする病院だ。近隣にある大学病院や総合病院との連携を強化しながら地域医療の一翼を担い、2018年に同敷地内で新築移転。1年後に、開院40周年を迎えた。これまでの歩みと、今後の展望とは。

―これまでの経緯は。

 1979年に地元の内科開業医3人と現在の名誉理事長である小野亨雄氏によって内科専門病院として開設。2019年に開院40周年を迎えました。

 設立当時、八幡西区や近隣で入院治療ができる病院として、九州厚生年金病院(現:JCHO九州病院)、済生会八幡病院(現:済生会八幡総合病院)、産業医科大学病院などがありましたが、少々距離があり、自分たちが診ている患者さんがすぐにでも入院できる病院をつくりたいという思いから、当初40床(現在:199床)で開院しました。

 私が赴任した1988年当時は、開院から10年近く経っていましたが、病院の周辺は田んぼばかり。夜になると、カエルの声がうるさくて眠れないという苦情が出るような環境でした。

 平成の時代になってから病院の前にバイパスが整備され、アクセスが良くなったことから、産業医科大学病院までも道路1本で行けるように。今ではシャトルバスも運行しています。

 開院以来、病棟の増改築を繰り返してきましたが、空調設備や配管などの老朽化が進み、耐震性にも問題が生じてきました。ようやく2018年に、現在の新病院に新築移転することができました。

―新築移転について。

 現在の新病院ができるまでには、さまざまなハードルがありました。建て替えが決定したものの、すぐ隣が住宅街で日照権の問題などがあったため、いったん計画をすべて白紙に戻しました。

 その後、敷地計画を含め改めて全面的に見直し。その結果、同じ敷地内にあったグループ内の介護老人保健施設「翡翠苑」を別の場所に移転させ、その跡地に新病院を建設することになったのです。

 「翡翠苑」は開設して17年ほどしか経っていなかったのですが、結果的には良かったのではないかと思っています。移転後の旧病院跡地は、現在、駐車場として利用しています。

―新病院の設計で特にこだわった部分は。

 内装については、シティホテルなどを意識しました。特にこだわったのが、静かな療養環境です。開院当初は田んぼの真ん中でしたが、現在は交通量の多い道路に面しています。密閉性の高いペアガラスを採用したことで、車の音もほとんど聞こえず、温度・湿度もすべて自動調整のエアコンを備えました。

 災害への対応も整えました。インフラについては、水道の一部に井戸水を使用しているので、断水になっても供給することが可能です。自家発電機については、ガスで発電できるタイプを設置しているので、ガスが止まらない限り停電することはありません。ガス管が損傷した場合は、ガス会社からタンク車を派遣してもらう契約を結ぶなど、ライフラインが長期間維持できるように整備しました。

―今後の展望について。

 新病院では、現在考えられる限りのハード面の環境を整えました。今後はよりソフト面を充実させていきたいと思っています。

 例えば、職員のスキルアップのための勉強にはeラーニングを採用。各種研修への積極的な参加も奨励しています。職員が働きやすい環境を整えることが、結果的に患者さんが過ごしやすい病院づくりにつながるはずです。今後も広く「選ばれる病院」を目指し、より良い環境を整えていきたいと考えています。


福岡県北九州市八幡西区八枝1―7―20
☎093―603―0111(代表)
https://www.touchiku-hospital.com/

この記事を読んだ方は他にこんな記事も読んでいます

最新の記事情報が取得できます

Twitter

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Instagram

フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。

Instagram has returned invalid data.

コメントはこちらから

[contact-form-7 404 "Not Found"]
Close Menu